なにたべたい? 「こんな時になんだが、晩飯、なにが食べたい?」 入れ替わり立ち替わり、大勢の兵士で賑わう昼食時の食堂。 片手にパンを手にしたまま口にはおかずを目一杯頬張るスネークの向かい、行儀悪くフォークで相手を指してミラーが問い掛けた。 同じテーブルについていたヒューイはマイペースに少しずつサラダを口にしながらそのやりとりを横目で見ていた。 目一杯食べ物を口にしている所為でスネークはすぐには喋れない。暫く何かを考えるように視線を宙に彷徨わせながら、噛み砕いた食べ物をごくりと嚥下した。 「別になんでも構わないが」 答えにならぬ答えを返し、スネークはまた口に食べ物を詰め込んでいく。 その凄まじい勢いを見ているだけで、食の細いヒューイは満腹感を覚えそうなほどだ。 スネークの返答にミラーはフォークをゆらゆらと揺らしながら苦笑した。 「ま、飯食ってる時に次に食べる食い物のことなんて考え辛いしな」 最近、人手不足を理由にミラーは一時的に糧食班に籍を置いている。献立を考えるのは持ち回り、今日の夕飯はミラーの当番だという。 それにしても。大勢の兵士の為に作らなければならない食事の献立のはずが、スネークにリクエストを聞いているミラーに、彼のスネークに対する愛情の一端を垣間見た気がする。ヒューイは小さくちぎったパンを口に運び、黙って二人のやりとりを見守る。 「そうだな…。あっさりしたものとこってりしたもの、どっちの方がいい?」 少しばかり形を変えて、ミラーが再びスネークに問い掛けた。 ミラーの手元にある書類はどうやら食料の貯蔵リストらしい。ぱらぱらとそれを捲っていたミラーにスネークが「見せてくれ」と手を伸ばし、リストがスネークの手に渡る。 「肉…。肉が食いたい」 リストに目を通しながら呟いたスネークの言葉にミラーが軽く肩を竦める。 「生憎だが見ての通りビーフは在庫が少ない。チキンなら大盤振る舞いできるぞ」 こないだ安かったから大量に仕入れたんだが、少しばかり多すぎて余り気味なんだ。若干大げさに「困った」とジェスチャー混じりで表現するミラーが可笑しく感じられて、ヒューイはくすりと口元に笑みを浮かべた。 「それでいい」 「じゃあチキンで決まりだな。フライがいいか?ソテーがいいか?ボイルでサラダ仕立て…ってことはないよな」 「ソテー」 「OK。副菜は何になっても文句言うなよ?」 「お前が作った食事に俺が文句をつけたことがあったか?」 「今までがそうでも今後もそうとは限らないだろ?ま、あんたの好みは熟知してるから言わせる気もないけどな」 食料の貯蔵リストがスネークからミラーに帰って数分。ミラーがパンッと両の手のひらを叩き合わせる音がした。 『ごちそうさまでした』 ミラーは必ず食前と食後にこうして手を合わせ、日本語で一つ言葉を発する。 以前、ヒューイがその仕種を不思議に思い訊ねたところ、それは日本の風習なのだそうだ。食物に、調理者に対して感謝の意を込めての言葉。当人は「まあ、今となっちゃ単なる抜けないクセみたいなもんだけどな」と笑っていたが、その一言を発する時にきちんと伸びるミラーの背筋は傍から見ていて気持ちのいいものだ。彼の礼儀正しさが窺い知れる。 「さてと。それじゃお先に」 食事を終えたミラーは席を立ち、早々に去ってしまった。 スネークの方がミラーよりも食事を終えるのが遅いのは、ミラーが食べた倍以上の食べ物を更に盛ってもらったからだ。 「ちょっと思い出したんだけどね」 ゆっくりとマテ茶を啜りながら切り出したヒューイの言葉にスネークは顔を向ける。 「ん?」 「以前の勤め先でね、同僚が奥さんに「今夜何が食べたい?」って訊かれて「なんでもいい」って答えたら「なんでもって、考えるこっちの身にもなってよ!」って酷く怒られたらしいんだ」 「ほう…」 「その点、ミラーは偉いよね。上手く君が答えやすいようにちゃんと選択肢を上げて提案してくれる」 「そうだな」 「まるで…」 ヒューイは言葉を途切り「いや、なんでもないよ」と笑い混じりで軽く首を横に振る。 その不自然な中断に何かを読み取ったのか、スネークがふっと笑った。 「よくできた嫁だ」 冗談なのか本気の惚気なのか定かではない発言に、ヒューイは返す言葉もなく愛想笑いを返すだけだった。 |