by your right side


どすんと鈍く重い音が響いたのは、突然のことだった。

「スネーク、どうした、なにがあった!?」

「……ッ…」

「スネークっ!!」

「…いや、大丈夫だ。心配ない」

「本当か…?」

「あぁ。任務を続ける」

ノイズ混じりの無線越し、その声音に僅かに違和感を感じて和平は眉を顰めた。なにか問題があったのではないだろうか。しかしどんなに慮ってみたところで、その真偽を知る術はスネークの言葉以外にない。そしてスネークは何もないと言った。ならば自分は彼の言葉を信じて、任務を続行するほかないのだ。
頭をよぎる一抹の不安から目を逸らすと、和平は再び任務のデータが記された書類を手に取った。





数時間後、任務は滞りなく無事遂行され、司令塔にスネークの回収を終えたという無線が入る。
杞憂ならばそれも良し。無線を終えた和平は、緊張し通しだった身体を軽く解すと英雄の帰還に立ち会うために席を外した。

強い海風に煽られながら、ゆっくりと高度を落とす迷彩柄の機体を見上げる。
回転翼が静かに止まり、ドアが開かれるとともに待ちわびたスネークがひょこりと頭を覗かせた。

「ごくろうさ…ってええぇ!?」

残念ながら杞憂ではなかったらしい。和平は思わず絶句する。
マザーベースに降り立ったスネークは、右腕を吊っていた。








「利き腕折ったまま任務続けるって、あんたは馬鹿なのか!?」

「だが、何も問題なかっただろう」

「そういうことを言ってるんじゃない!!」

予想はしていたし、覚悟もしていた。とはいえ任務報告もそこそこに始まった和平の長い長い説教に、スネークは取り合えず話は聞いていますという体だけ取り繕って、内心辟易していた。もう数え切れぬほどの溜息を咬み殺し、仕方なく、いつ終わるとも分からない叱責に耐える。
対する和平は、営業で培った能力か、はたまた生まれ持っての才か、反論の余地を与える間もなく次から次へお叱りの言葉が溢れだす。

「なんであんたはいつもそうなんだ…」

スネークは任務の成功に異常に固執する。任務完遂のためなら己の身を省みることもなく無茶をすることもしばしばだ。そんな無謀も、英雄の為した技なら才能だなんだと称賛されてしまうのだから余計性質が悪い。こちらは毎回、気が気ではないのだ。無理をしては増える傷跡を見る度、胸のあたりが耐えがたく軋む。
少しは自分の身も考えて欲しい。しかし今回は、それだけが不満の理由ではなかった。

既にスネークは反省しています、聞いていますといったふりをすることさえ諦めてしまったらしく、眼で腹が減ったと訴えてくる。その様子に、和平の口から次に吐き出されるはずだった説教は吹き飛び、代わりに出たのは深い深い溜息だった。
もういいとばかりに軽く手をあげてみせると、力が抜けきったようにがっくりと椅子に沈み込む。

長引くであろう説教を見越して夕飯を持ってくるように指示してはいたが、恐らく和平の剣幕に完全に恐れをなしてしまっていたのであろう兵士が、一方的な会話が途切れたのを合図に恐る恐る食事を運んできた。余程怖かったのだろう、僅かに震えながら、極力和平を視界に入れないように盆を運んでくる。それを知ってか知らずか、スネークは待ってましたとばかりにきらきらと目を輝かせて。
先程まで多少はしおらしくしていたのがまるで嘘のようで、現金な奴だ、と和平は鼻を鳴らした。

右腕の使えないスネークに気を使ってか、夕食はサンドイッチ。
彼の無謀に憤りを感じながらも、一方では恋人として、はい、あーんなどと場違いな淡い期待をしていた和平はそれすらも打ち砕かれ、最早不機嫌度はメーターを振りきってしまった。くるりと椅子を回転させ、スネークに丸めた背を向ける。

心底怒ってます、拗ねていますオーラを撒き散らすその背中に、スネークは器用にサンドイッチを口に運んでいた左手を止める。
頬張っていた分をごくりと飲み込んで。

「…その、悪かった……」

スネークとて、彼の長い長い説教を聞き流してはいたものの、その言い分が最もだということくらいは十分理解しているし、それに対して幾許かの罪悪感も感じている。確かに随分と無茶をした。しかしそれは今日に始まった事ではない。それこそ10年も昔から、困難な任務にばかり出遭い、多少無謀な賭けに出てでも任務の成功を優先させることが身体に染みついてしまっている。
その度に和平から説教はあったが、ここまで機嫌を損ねることはなかった。
それが、今日に限ってどうして。
良くは分からないが、とにかく原因が自分にあることは確かだ。

スネークは少し考え込むと、口を開いた。

「なぁ、左手じゃ食べにくいんだが…」

「片手で任務はこなせて飯は食えないってか」

そう言われては言葉に詰まる。しかしここで諦めるわけにもいかない。
平素なら、食べさせてくれなどと口が裂けても言えないだろう。けれど、非があるのは自分だ。なにより、その怒りの原因が分からないまでも、とりあえず和平に機嫌を直してもらいたくて。
そのためならこんな台詞が吐けるなんて、まったく自分も大概じゃないか。

「なあ、カズ……」

「…………」

「お前は俺の右腕じゃないのか」

「!!」

岩の如く固まっていた背がびくりと震える。唐突にぐるりと椅子が半回転したかと思うや、和平は勢いよく立ちあがり、どしどしと歩み寄って来て。
乱暴にサンドイッチを一つ取ると、ねじ込むように口へと押し込んだ。
その凄まじさに反応することもできず、スネークはサンドを銜えたまま和平を見上げる。
サングラス越しにでは、その瞳が何を映しているのかは分からない。

「…スネーク、あんたは、なんで俺が怒ってるか分かってるか」

「…ほぁ?」

サンドイッチを頬張りながら返事ともつかない声を洩らすスネークに、和平はまた溜息を吐いて。その隻眼を見据え、口を開いた。

「俺があんたの右腕なら、どうして負傷したことを伝えてくれなかった」

「正直に言ったら、止めただろう」

「そりゃあ止めたさ。だけどいくら言ったってあんたがそう簡単に諦めないことだって分かってる。だったら骨折を知ったうえで、もっと違うサポートのしようもあった」

俺は、あんたの右腕じゃないのか。最後の言葉は、消え入るように小さく吐きだされた。ガラス越しの瞳は、俯くように伏せられる。
言われて初めて、自分が犯してしまった失敗に気付く。
自分に最上のサポートをするため、懸命に努力する和平をどれだけ傷つけたか。
自身の身体だけではない。彼の心よりも、任務の成功を優先させてしまった。

「すまん」

デスクに頭を擦りつけるほどに深々と頭を下げたスネークに、和平はぎょっとして思わず顔を上げた。
それに気付いているのかいないのか、スネークは言葉を続ける。

「最悪な形で、俺はお前の信頼を裏切った。それについては弁解の余地もない。報告義務を怠った罪は重い。好きなように処分を決めてくれ」

「処分なんて…」

「ここが一国の軍隊なら、当然の措置だろう。どんな厳罰でも甘んじて受け入れるつもりだ」

「もう顔を上げてくれ、スネーク。俺はあんたを罰したくてこんなことを言ってるんじゃない」

ゆっくりと顔を上げると、和平は眉根をよせたまま小さく笑んでいた。
複雑な色を宿した笑顔に、スネークは改めて自分の犯した罪の重さに気付く。
もういいんだ、と和平は自身に言い聞かせるように言った。

「俺があんたの立場だったら、きっと同じことをしたよ。あんたは俺を信頼してない訳じゃないんだろう」

「当り前だ!!」

思わず声を荒げたスネークに、和平は満足そうに笑って。

「ならいいんだ」

「…俺が良くない……」

不服そうな声音でスネークが言う。立場が逆転したようで、和平は思わず噴き出した。
いつも通りのにやりとした笑顔に戻ると、腕をのばしスネークの顔を唐突に引き寄せる。スネークは驚いたように目を見開いた。

「心配しなくても、この腕が完治するまでは名実共に俺があんたの右腕代わりになってやる。せいぜい覚悟してろよ」

手始めに、とばかりにサンドイッチを一つ手に取ると、口の前に突き出す。
先程のように口にねじ込むのではなく、自分から食らい付けというのだろう。さっきまでのしおらしさは何処へやら。にやにやといやらしい笑みを浮かべる和平に、睨むような視線を向けてみるものの、自分が撒いた種なのだ、今更嘆いてももう遅い。
大人しくかぶりつくと、目を合わさぬようにひたすら咀嚼する。
ものの数秒でそれなりにボリュームあるサンドを飲み込み切ってしまうと、再び和平を見上げた。いかにも満足気な様子で次のサンドイッチを差し出す和平に、思わず手が出そうになったが。
きっかけは自分の過失にあるのだ。これくらいで彼の機嫌がなおるのであれば、安いものだろう。

折れていない左手で彼の手首をぎゅっと掴む。和平は驚いて腕を引きそうになるが、がっちりと固定された手はびくともしない。やはり先程とおなじようにあっという間にサンドを丸飲みしてしまうと、今度はすぐには口を離さず、和平の指に舌を伸ばした。

「ス、スネーク…」

指の間についたパンくずを舐めとるように、舌を這わす。ごくりと、和平が唾を飲み込んだ音がした。サンドを食べるのよりも時間をかけて、丁寧に指先を舐めていく。
ようやく口を放す頃には、和平の指は唾液でしっとりと濡れていた。
誘うような目つきで見上げれば、和平は期待を込めて見返す。
だが。

「カズ、次」

「え、…へ?」

ふいと目線を逸らした先にはまだ山のように積まれているサンドイッチ。
数秒の間を置いてようやく理解した和平が、途端目に見えて落胆する。
ほら、と急かせば、和平は渋々次のサンドを手に取った。

「…あんたの右腕も楽じゃないな」

「何を今更」

「それもそうか」

溜息交じりに和平は笑う。
俺のために、せいぜい頑張ってくれと。スネークもその右腕に笑った。





最後の指フ○ラなかったほうがきれいにまとまったかとも思ったけど、きれいなまとめよりも俺はエロを取るぜ!
最後のが無い場合これはスネカズというのかカズスネというのか…
opsのパイソン戦で、自分の身体より任務の成功というスネークに改めて気付かされました。
タイトルは毎回決まらないので、大抵英語に逃げてます。



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