Naked eye



ふと時計を見れば長針と短針が頂点で重なり合っていた。
もうこんな時間か。集中していると時が経つのが酷く早い。
ちょうどキリもいいので昼飯にしてもいいだろう。和平は軽く伸びをすると、すぐ近くで作業する相棒の方を向く。

司令官殿は珍しく財務の方にも非常に熱心なご様子で、だったら良かったのだが、生憎手にしている書類は任務の依頼内容についてのものらしい。
事前に和平が選別しておいたなかからスネークがもう一度確認する。自分が出向く任務も含まれているため、スネークもチェックに余念がない。
会計他、任務以外の内容にもこう精を出して戴きたいものだとも思うが、今日は真面目にデスクに向かっているだけ良しとしよう。

書類の束も残り数枚のようなので、声をかけるのは少し待つことにした。
それまでの余暇時間は、至極貴重な真面目にデスクワークに励む彼の姿を観察していても文句は言われまい。

スネークは、本当に稀な事だが、腹の虫も気にならないのか険しい表情で書類を読んでいる。
時折顎に手を当てて考え込むような風で。鋭い眼光を宿すその隻眼は、食い入るように任務内容を見つめる。

目は口ほどにものをいう、という。
必要なこと以外はあまり話そうとしない無口な彼同様に、その眼もまた雄弁に何かを語るといったことはない。
会ったばかりの頃、真っ直ぐに人を射抜くような強い強いその目に、和平はまともに正面から目を合わせることはできなかった。
しかし月日が経ち、感情を読み難かったその瞳にも、実は色々な表情が映るのだと言う事を知った。
と、同時にその瞳に酷く魅了された。

例えば、今。
書類を見つめる彼の瞳が映すのは、戦地に降り立つ未来の自分だ。あらゆる事態を想定しつつ、本当にこの内容に問題はないのか、そこに穴は無いか検討する。
このとき、彼の一つだけの瞳の奥には研ぎ澄まされた知性が宿る。

そして戦場では、戦士の血が騒ぐのだと隻眼はぎらぎらと獰猛な獣のように、それでいてどこか冷静さを溶かしたような色に光るのだ。

しかし、貫くように真っ直ぐな瞳が、仲間を、自分を前に酷く穏やかな、柔らかな光を宿すことも知っている。
そして夜には、快楽に恍惚としながらも、それでもなお貪欲に求めるように壮絶な色香を放つ怪しげな色に染まることも。

昔は全くわからなかった。その隻眼は絶えず鋭い眼光を宿すだけだと思っていた。
しかし、共に過ごすうちその眼が映す表情に気付き始めた。これからも彼の隣に居れば、もっと違う色に出会えるだろうか。その瞳の奥に隠れた彼の想いを、もっと知ることができるだろうか。



「さっきから何を見てるんだ。」

ぱさりと書類をとじたスネークが、顔を上げて此方を向く。あれだけじっと観察していたら、スネークじゃなくても気付いて当り前だろう。
怪訝そうに眉根を寄せる彼を手招きで呼ぶ。
なんだ、という問いには答えないで、目の前に来た彼の頬を撫でるように手を這わす。
あからさまに嫌そうな顔を見せるのに苦笑して。

「あんたの目が欲しい、って言ったらどうする?」

にやりと笑って目尻を指でなぞれば、その隻眼が大きく見開かれる。
さて、その瞳の奥は今どんな色をしている?覗きこめば、自分の顔が映り込んだ。
と、広がった目がふいに元に戻り。さぁどう答える。彼の眼に映る自分は、とても楽しそうな表情をしていた。
スネークは暫し思案し、やがておもむろに口を開いた。

「いいぞ」

「だよねー、ってえぇ!?」

今度は和平の目が見開かれる番だ。対してスネークはその反応に満足したのかにやっと口角を上げて。

「ただし、代わりにお前の目を貰う」

「へ…?」

「俺だけってのはフェアじゃないだろう。ギブアンドテイクだ」

和平のサングラスを奪い、彼と同じようにその青い瞳の傍に指を添える。
僅かに指先に力を込めると、その眼がさらに大きく開かれ、金の睫毛がぴくりと震えた。

互いの瞳に互いの顔が映る。
しばしの間、見つめあう。その瞳の力強さに、先に目を逸らしたのは和平の方だった。

「ふっ……止めた。せっかくきれいな眼なんだ、取っちまうのはもったいない。それに、俺の目はもうあんたのもんだしな」

「…どういう意味だ」

出会ってばかりの頃は、必死で噛み付いて。今は彼の右腕として、懸命に働いて。気付けばこの眼はずっと、彼ばかりを追いかけていた。

「俺はあんたしか、眼中にないってことさ」

「……馬鹿が…」

触れたままの頬が熱を帯びる。そうやって照れ隠しをする瞳もやはり大好きだ。
この眼に映るのが、自分だけならばいいのに。鋭く、強くも優しいこの瞳を一人占めしてしまうことが出来たらいいのに。
いつか、そんな日が来るまでは。

「だから、これはまだあんたが持っててくれ」

愛しいその瞳に、そっと口付けを落とした。





すでに書き上がってたけどなんもタイトルが思い浮かばなくて結局このざまだよ!
もういっそ「君の瞳に乾杯」にしてやろうかってくらい思いつかなくてまんまな感じになりました。
ボスの目っていいよね。




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