If man will not work,he shall not eat.


一枚一枚、確実に処理しているはずなのに、書類の塔は一向に減る気配を見せない。任務を理由にため放題だったつけは、予想をはるかに超えて帰って来た。
書類と共に指令室に軟禁されてまだ3時間。時計の故障を疑うほどに遅々として進まない針を、スネークは忌々しげに睨んだ。
と同時に腹が情けない音をたてる。腹時計まで狂ってしまったのだろうか、今日は腹の減りがはやい。
時計から書類に目を移し、溜息を一つ。天辺の一枚に手を伸ばした。
そのとき。

「どうだスネーク、進んでるか!?」

ばーん、と派手な音をたてながら扉が勢いよく開かれ、入って来たのは何故かエプロン姿の和平。ノックなしの突然の訪問に、書類を手にしていて良かったなどと思いながら、とっさに、いや、としか答えられなかった。
何やらたくさん載せた盆を両手で重そうに抱えたまま和平は器用に脚で戸を閉めると、机を占拠した書類を退けてくれと塞がった腕の代わりに首を使って指示する。
まさか、書類の追加じゃないだろうな、と訝しげに眉を寄せるスネークに、和平は笑った。

「仕事の追加じゃない、もっといいものだ」

じゃーん、という擬音付きで、盆の上から布が取り払われた。
表れたのは確か、ライスボールとかいっただろうか、米を丸めた日本の、和平の故郷の食事。
それでエプロンかと納得しつつ、仕事のことはもう完全に忘れ去って気付けば右手が伸びていた。

「日本から大量に米が入ってな。握ってみたんだ」

どうだ、美味いかと聞かれても、既に5つ目を口に頬張っていてはろくに返事も出来ない。
もふもふと口を動かしながら、こくこくと首を上下に振った。その両手は既に次のおにぎりで塞がっていて、和平は堪らず噴き出した。

「そんなにがっつかなくても、おにぎりは逃げないぞ」

「ほまへはにひったのは?」

米を飛ばしながらしゃべる姿はまるで子供のようだ。これが世界を救った伝説の英雄だなんて、タチの悪い冗談じゃないのか。
和平は苦笑を洩らしながら、スネークの隣に座ると自分も一つ取って口に入れた。

「ん、美味い。やっぱり日本の米は世界一だな」

日本の米を仕入れることができたのは本当に偶然で、久々に噛み締める故郷の味に、懐かしい記憶がよみがえる。
ずっと遠く、故郷があるはずの西を向いて、和平は目を細めた。

自分の知らない人に、土地に想いを馳せるその横顔に、スネークは咀嚼するスピードを僅か緩める。
すぐ隣にいる彼がどこかとても遠く感じられて、思わず手を伸ばそうとしたそのとき。
和平がふいにこちらを向いて。

「スネーク、ついてるぞ」

髭の上を指先が掠めたと思うと、付いていたらしい米粒を自分の口へと運んでにやっと笑った。
なんとなく馬鹿にしたようなその笑顔にむっとして、その頬をつかむと。
口元についた一粒に舌を伸ばして、掬い取ってやった。

「お前もつけてるじゃないか」

途端和平の白い頬に赤が差す。普通に取れ、などという文句では照れ隠しになっていない。




「帰りたいか」

故郷に。問うと和平は一瞬きょとんとして。
少しまた、西の方を見つめて。

「そうだな、たまに懐かしく想うことはあるが」

そこでこちらを振り返り。

「ここが俺の居場所だ。いまさら帰りたいなんて思わないよ」

その青い眼には、僅かな迷いさえも映っていなかった。
その答えに満足して再びライスボールに手を伸ばす。が、一秒早く和平の手によって盆が取り上げられた。

「なにするんだ!」

「帰りたくはないが、あんたの仕事次第じゃ、ここにもいられなくなっちまうからな。その書類の山が片付くまで、これはおあずけだ」

「なっ…!?温かいうちに食べないともったいないだろう!」

「おにぎりは冷めてもうまいんだよ。それに、他の奴等にも分けてやるって言っちまったしな」

「それじゃあ俺の分が無くなる…」

「日本にはな、先祖代々伝わる素晴らしい言葉があるんだ」

働かざる者、食うべからず。

わざとらしく一言残して、しかし盆は残してくれないまま和平は司令室を出ていく。名残惜しげにその背を目で追うが、それに気付いているのかいないのか、容赦なく扉は閉じられ。再び書類と軟禁状態。

いやいやながらもう一度巨大な山に向き合えば、溜息が出ないわけがない。
だが、これがボスとして、和平達の居場所を守るための仕事なら、避けて通るわけにもいくまい。
夕飯までには間に合うだろうか。おそらく和平がまた何か美味いものをつくって待っててくれているだろう。
そんなご褒美に期待しながら天辺の一枚をめくると、終わりの見えない戦いに身を投じた。







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