Halloween | ナノ







「謙也のせいでもう、こないな時間か…ぼちぼち夕飯の準備でもしよかな」

『あ、手伝います』

「ええよ、俺、酒飲みながらのんびりやるタイプやから」



そう言いながらキッチンに立った吸血鬼さんに、私は『そうですか…』としか返せなかった。
内心、先程の吸血鬼さんと忍足くんの会話で、普段は優しい二人だけど、実は本来の姿は怖い人…いや、怖い化け物(と、言うのも失礼だが…)なのかもしれないと思うと、吸血鬼さんを私の視界から外す方が危ないのかもしれないと思い始めたのだ。



「そう言えば名前ちゃん、今日は何の買い物してきたん?」

『あ、そうでした…実は、吸血鬼さん撃退グッズを買ってきたんです』

「へぇ〜、女の子の一人暮らしやと危ないもんな……ん?今、何て言うた?」

『吸血鬼さん撃退グッズです』



キッチン越しに苦笑いで固まる吸血鬼さんと目が合った。



「ええっ!?なっ、なんで!?」

『今は優しい吸血鬼さんですけど、いつ本性を出して私を襲ってくるかわからないので、その為です』

「何回も言うけど、血を吸わせてもらう以外では何もせえへんて…ちゅーか、それって俺にバラしたらアカン話ちゃうん?」

『…はっ!?ま、また私を操りましたね!?』

「何もしてへんわ!」



吸血鬼さんは赤ワインの入ったグラスを持ちながら、先程のソファーにまた座った。



「名前ちゃんて…意外と抜けてるんやな」

『吸血鬼さんが操ってるからです…』

「せやから、そんなんしてへ……ハァ、で…何を用意したん?」

『バレてしまったなら仕方ない…これです』



私はソファーに置いてあった紙袋の中身を、テーブルの上に並べていった。
それを相変わらずの苦笑いをひきつらせて見つめる吸血鬼さんの様子に、効果がありそうな予感。



『大学の図書館で、吸血鬼について調べてきたんです。とりあえず、手頃に手に入る物を揃えてみました』

「銀の杭が手頃やて…?」

『まぁ、大体は魔術とかのグッズを売ってる専門店で買ってきました。ニンニクはスーパーです』

「道理で本格的な細工された杭な訳やな…でも、お金の無駄遣いはアカンでぇ」

『無駄遣いって…効かないって事ですか?』



さっきとは打って変わって、今度は余裕そうな吸血鬼さんは、「ええか?」とニンニクや大量の香草を指差した。



「まずはニンニクと香草。これはな、普通に効かん。大体、俺が作った料理にニンニクも香草も使われとったやろ?」

『そ、そう言われてみれば…』

「最近の吸血鬼は鼻がちょっと利くだけで、ニンニクも香草も食えます」

『銀の杭はどうです?』

「俺が揃えた食器のナイフもフォークも、銀製品やし…そもそも、杭を心臓に打ち込むなんて出来るん?」

『う…じゃ、じゃあ十字架は?』

「十字架が苦手なら、歴代の吸血鬼達は棺桶の中から出て来られへんかったやろなぁ…」



次から次へと用意した武器の効果について論破され、私は残された最終兵器を鞄から取り出した。



『こ、これならどうです!』

「ん?何や、それ…」

『聖水です!』



自信満々に小瓶を突き出してやると、吸血鬼さんは目を丸くした。



「聖水て…どっから手に入れたんや…」

『近所の協会から貰ってきました』

「…名前ちゃん、もしかしてめっちゃ信者やったりする?」

『いえ、むしろ無宗教に近いです』

「なんや、よかった…」



安心した様子の吸血鬼さんに、どういう事かと眉をひそめる。



「聖水も十字架も、使う人間の信仰する心が伴わんと意味無いんや。せやから名前ちゃんがそれを使た所で、ただの水や」

『そ、そんな…』

「わざわざ調べた上に、お金掛けて揃えたんやろうけど、全部俺には無効化っちゅー事やな」



「お守りくらいにはなるんちゃう?」と言う吸血鬼さんは、ワイングラスをテーブルに置いて、キッチンに向かった。



『今言った事、全部嘘って事はないですよね?』

「…どうやろね?」

『…怪しい』

「え?」



視線も合わせないその様子や、今までの私をからかって楽しんでいる傾向、忍足くんから「気を付けろ」と言われたのもあり、私は"ただのお守り"扱いされた吸血鬼撃退グッズを両手に持てるだけ持った。



『また私の事、騙してるんでしょ?』

「騙してへ

『私にはそう言っておいて、本当は効いたりするんじゃないですか?』

「名前ちゃん…な、何を…」



両手に武器を持った私は、顔をひきつらせて後ずさる吸血鬼さんに、じりじりとにじり寄る。



「と、とりあえず落ち着くんや、名前ちゃん…」

『覚悟!ええーい!』

「やっ、やめっ…」



壁に追い詰められた吸血鬼さんに、私は武器を突き出しながら突進した。

すると、ふっと顔に風を感じたと思った瞬間、目の前に居た吸血鬼さんが消えた。



「…なーんちゃって、」

『えっ…?』



背後から吸血鬼さんの声が聞こえた。
一瞬の事で、頭も体も反応出来ずに居ると、背後から伸びてきた手が私の両腕を伝い、武器を持つ手を包んだ。

背中全体に吸血鬼さんの体温を感じた。



「そない物騒なもん、アカンで…」

『っ…』

「せやから俺に渡し

『いっ、いやあああああっ!?』

「ぐふっ!?」



耳元で囁かれ、背筋がぞくぞくするのと同時に、反射的に肘鉄を入れてしまった。
鳩尾の辺りを押さえてうずくまる吸血鬼さんに、両手に持っていたニンニクや香草の束、銀の杭に十字架と…力の限りに投げつけた。



『なっなな何するんですか!』

「ま、マジでやめ…痛っ!?ちょ…名前ちゃ…ごめ」

「名字さん!大丈夫か!?」

『お、忍足くん!?』



突然現れた忍足くんは、床にうずくまって、吸血鬼撃退グッズに囲まれて苦しんでいる吸血鬼さんを見て、「おお、倒したんか」と感心したみたいだった。



「この程度で倒されるかい、ボケ…ちゅーか、一日に二回も来るなや」

「いや、ニンニクに十字架…完璧に倒されとる図やんか」

「お前、一回名前ちゃんの肘鉄食ろてみろや…お星様が見えるで」

『あ、あの…忍足くん、靴…』

「ん?…うわ、すまん!雑巾あるか?」



私の指差す先を辿り、土足で立っているのに気が付いた忍足くんは、慌てて靴を脱いで謝った。
どうやらベランダから入ってきたらしい…ここは8階なのだが、今更狼男さんがベランダから入ってきたぐらいじゃ不思議にも思わない。

雑巾を渡し、代わりに靴を受け取り、玄関に置きに行く私…雑巾で自分の足跡を拭く忍足くんを、いつの間にか起き上がった吸血鬼さんは、不機嫌そうに眺めていた。



「俺より床の汚れの心配かいな…」

「元はと言えば、お前が名字さんに変な事するからやろ」

「ちゃうわ!変な事してきたんは名前ちゃんの方や!」

『変な事とは何ですか…吸血鬼さん退治しようとしただけじゃないですか』

「ちょっと抱き付こうとした、みたいなノリで言うんやない」



「ったく…」と悪態をつきながらキッチンに戻った吸血鬼さん。
下拵えしていたらしいお肉をひっくり返して溜息を吐いた。



「お前のせいで味染みすぎや…どないしてくれるんや、謙也」

「俺かいな」

「しゃーない…お前も夕飯食っていけ」

「ええんか?」

「名前ちゃんにこないしょっぱいもん食わせる訳にはいかんからな」



対面式のキッチン越しに、お肉の様子を見る忍足くん…その様子はどことなく、大型犬に見えなくもなかった。



『私、それで大丈夫ですよ?』

「アカンアカン、名前ちゃんの今から下味つけるから、もうちょい待ってな?」



冷蔵庫から新しいお肉を取り出し、下拵えを始める吸血鬼さん。
いきなり攻撃した上に、防衛本能とは言え、肘鉄を食らわせてしまった事を申し訳なく思えてきて、床に散らばった撃退グッズを片付けるべく拾う。



「蔵ノ介の料理、久しぶりやなぁ…あ、名字さんの弁当で一口食べたか」

「人の弁当食うなんて卑しい…」

「アホ。名字さんが一口くれたんや。そのおかげで、お前が名字さんにちょっかい出してるんわかったけどな」

『え?』

「ん?ああ…匂いや、匂い。ほら俺、狼男やから」



素手で食材を扱うから、料理だろうと作った人の匂いがわかる…という事なのだろうか?
人間離れした会話や現象が続いているせいか、私の頭もそれに対応してきた気がする。



「それにこいつ、めっちゃ料理美味いやろ?」

『はい、どれも美味しくて、毎回驚いてます。忍足くんは吸血鬼さんの料理、よく食べてたんですか?』

「実は昔、一緒に住んどった時期があってな…」

『え?そうだったんですか?』



黙々と料理に集中する吸血鬼さんに話し掛けるのも難だと、忍足くんに『どうして同居やめたんですか?』と訊ねた。



「それが…喧嘩してもうてな」

『喧嘩?』

「夜中、外から帰ってきた蔵ノ介とな…ちょうど満月の夜で、気が立ってたんや」



「それでそのまま、今日まで喧嘩別れや」と苦笑いする忍足くん…それでやたらと忍足くんに突っかかるのか…と納得していたら、黙っていた吸血鬼さんが口を開いた。



「あの日、実は俺も…血吸いに行った帰りやったんやが、その日に吸血した人間が薬か何かを飲んどったらしくて…」

「え…?」

『じゃあ、吸血鬼さんも具合悪く…』

「めっちゃハイテンションで体も元気になってもうて、家に帰ったら謙也も興奮しとって、気付いたら殴り合いの喧嘩になっててん」

『…はい?』



焼いたお肉をお皿に盛り付けながら語る吸血鬼さん…忍足くんは「なんや、そういう事やったんかいな」と笑った。



「俺も興奮しとって、喧嘩の原因わからんかったけど、お前もそういう状態やったならしゃーないわな」

「お互い、不可抗力やったっちゅー訳や。でもまぁ…悪かったな、謙也」

「俺もや、すまんかった」



なんだか昼過ぎとは打って変わって、いい雰囲気の二人に私もホッとした。

でも…



『喧嘩の発端が、怖すぎます…』





吸血鬼と狼男





「相変わらず、やたら美味いし、贅沢な食事やなぁ…」

「名前ちゃんの料理も普通に美味しいで、普通に」

『だからそれ、嫌味ですか…』


楽しい晩餐。



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こういう非現実的なお話書くのも楽しい。


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