「ほんで、謙也達に名前ちゃんのボディーガードを頼んだっちゅー訳やな?ほんなら安心やないか」
「そうなんやけどな…」
千歳の店で、オサムちゃんとコーヒーを飲みながら、先日の跡部くんとの話からを説明した。
俺が名前ちゃんに四六時中べったりと貼り付く訳にもいかず、謙也達にも名前ちゃんの護衛に協力してもらう事になった。
が、浮かない表情の俺に、「何か問題でもあるんか?」と、煙草を吸うオサムちゃん。
「なんかな…名前ちゃんの記憶を消すタイミング、逃した感が…」
「なんや、名前ちゃんと別れる気なんか?」
「え…いや、いずれそうせなアカンやろ?」
意外そうなリアクションのオサムちゃんに、若干拍子抜けしながらもそう返すと、オサムちゃんは煙草の灰を灰皿に落としながら言った。
「いやいや…てっきりお前は、名前ちゃんと契りを交わすもんやとばかり思てたからなぁ」
「…は?俺は誰とも契り交わさんて、オサムちゃんも知っとるやろ?」
「自分、長い事生きてきて、更にこの先も延々と長い時間を生きていくのに、未だにその考え方変えられへんのんか?」
「そう言うたかて…」
「決心してもうた物は変えられへんやろ」と言うと、オサムちゃんは呆れたように「堅いなぁ」と笑った。
「堅いて、自分が言うたんやんか…で、俺に話って何や?」
「ん?おお…」
今日はオサムちゃんに呼ばれて来たのだが、自分の話ばかりで肝心の用事を聞いていなかった。
俺が思い出した様に訊ねると、オサムちゃんは少し焦ったように、言いにくそうに煙草の灰を灰皿に落としながら、長く煙を吐いた。
その様子に、俺は黙って首を傾げた。
「実はな…お前と名前ちゃんに言わなアカン事があんねん」
「俺と名前ちゃんに?名前ちゃんなら学校終わっとるやろうから、ここに呼ぼか?」
「いや、これは自分が先や。名前ちゃんに先聞かれたら困る」
言っている意味がわからず、「どういう意味やねん、それ」と促すと、オサムちゃんは吸うにはまだ余裕のある煙草を灰皿に押し付けた。
「名前ちゃんの出生の秘密や」
「出生の秘密…?」
「どっから話せばええんやろな…名前ちゃんから何か過去の事、聞いた事あるか?」
「いや…ああ、家族の話なら少し。両親とお兄さんが居るって…」
「さよか」
オサムちゃんは「まずはそっからやな」と、腕を組んだ。
「名前ちゃんの言うてる家族は、名前ちゃんのほんまもんの家族とちゃう。実の親は別に居るんや」
「…名前ちゃんはそれ、知っとるん?」
「知らん。っちゅーより、名前ちゃんの記憶自体が作られた物や。勿論、名前ちゃんが自分の家族やと思てる人らの記憶もな」
予想もしなかった話に、家族の話をした時の名前ちゃんの顔が頭に浮かんだ。
過保護な家族の事を、恥ずかしがりながらも幸せそうに話す表情を思い出し、胸が切なく締め付けられた。
「それは、オサムちゃんがやったんか?」
「せや」
「名前ちゃんは…何者?」
言葉少なに、新しい煙草に火をつけるオサムちゃんに、最も重要な質問をした。
オサムちゃんは薄ら煙たい空間に、フーッと濃い紫煙を吐き出す。
その口から発せられた言葉に、不意に頭を思いっ切り殴られた様な衝撃で、目の前が真っ白になった。
「お前を殺した吸血鬼の子供や」
□□□□□□
『なんか、大事になってきちゃったよね…』
「そうッスね」
大学の帰り、叔父さんのお店に寄ると、光くんが店番をしていた。
叔父さんが居ないのはいつもの事なので、私もいつもの様にカウンターの椅子に座った。
『大学でも謙也くん達に迷惑かけてるし…』
「…」
『他に何かいい方法ないのかなぁ?』
「…」
私が淹れた紅茶を啜り、黙ったままの光くん。
今日は機嫌が悪いのか、私がお店に来た時には、既に不機嫌そうな顔をしていた。
『…光くん、何か知らない?』
「…さぁ、」
『そっか…』
お客の居ないお店に広がる沈黙…壁に掛けた時計の秒針の音が、やけに響いて聞こえた。
『…ねぇ、光くん?』
「何ですか」
『機嫌、悪いよね?』
「…」
やはり訊くべきではなかったのか、光くんは呆れた様に小さく溜息を吐いた。
「機嫌悪そうな人に普通、んな事訊きますか?」
『ご、ごめんっ。そうだよね、じゃあ帰るね、私…』
「なんでそうなるんスか。ちゅーか、帰らんでくださいよ」
「先輩に怒られるっちゅーの…」と少し怒った様子の光くんに、『ごめんなさい…』と小さく謝って、立ち上がり掛けた椅子に再び座った。
「名前さんはもう少し、危機感っちゅーもんを持った方がええッスよ」
『そうだよね…だからこうやってみんなに迷惑かけるんですよね…』
「そういう事とちゃう…ああもう…」
光くんは苛立った様に溜息を吐くと、そのまま続けた。
「出会ったばかりの男を自分ちに住まわすとか、ちょっとどころか、かなり危ないやないスか」
『蔵ノ介さんの事?』
「先輩が催眠か何かで操作しとったなら話は別やけど、そういうんしてへんみたいやし…」
「名前さん、用心無さすぎるわ…」と言う光くん。
『で、でもほら…蔵ノ介さんに変な事されそうになっても、謙也くん達が助けてくれるし…』
「せやから…もうええッスわ」
一層不機嫌そうにそっぽをむいた光くんに、思わず慌ててしまう。
『あっ、あの…自分の身は自分で守れって事だよね…?』
「…」
『わ、わかってる…私が不用心だから…』
「ええやないですか、別に」
『え?』
光くんは私と目も合わせず、続けた。
「助けてくれる人らが居るんやし」
『それは、有り難いけど…』
「ま、その助けてくれる人らは人間とちゃう訳で…そんな人らに襲われたら一溜まりもあらへんけど」
『そんな事…』
「んな事ある訳無い、って…言い切れますか?」と真面目な顔で私を見る光くんに、いつかの謙也くんを思い出した。
『でも…そうならない為に、謙也くん達は薬飲んでる訳だし…それに、みんなそういう人達じゃないよ』
「…そう思てるんはあんただけですよ」
光くんは心底呆れた様に言った。
「俺らかて、怪異である以前に男や…そこんとこ、名前さんは忘れてはりませんか?」
『っ…でも、…』
痛い所を突かれた気がした。
でも、しか言い訳の言葉が出て来ずに居ると、光くんが先に口を開いた。
「ほな、今確かめましょうか?」
『…え?』
「どうせ俺に襲われても、助けを求めれば誰かしらが助けに来てくれるんやし」
光くんの言っている意味がいまいち理解できず、暫しの間ができた。
『…いや、でも…光くんは、そんな事しませんよ?』
「何を根拠に…」
『だって、光くんはそんな事するような人じゃ…』
そこまで言うと、光くんの表情が変わり、椅子から静かに立ち上がった。
口から出る言葉とは裏腹に、緊張が体を駆け巡る。
『光、くん…?』
「早よ助け呼んだ方がええんちゃいますか?」
『あの…ちょ…っ!』
私の背後にあった棚に両手を着かれ、その間に挟まれた私は逃げ場を失った。
光くんの、思考が読み取れない表情に、怖さにも似た不安を感じた。
『わ、悪ふざけにしては質が悪…』
「これでも、悪ふざけに見えますか?」
陰になった顔は、目が赤く光り、やけに尖った歯に視線が向く。
蔵ノ介さんに吸血された時と重なる光景に、頭がボーッとぼやけるような感覚に襲われた。
「…逃げる時間は、充分与えましたからね」と、呟いた光くんが距離を詰めてきた。
咄嗟に身を引いて、光くんの肩を押す様に制止する。
心臓がどくんどくんと激しく脈打つのを、堪えるのに精一杯だった。
『光くん…しっかりしてください』
「…は?」
『正気じゃないですよ、こんなの…』
「…」
『こういうのは…好きな相手と、順を辿って…』
私の言葉を遮るように、光くんの拳が私の顔の横で背後の棚を殴りつけた。
『っ…』
「あんたに、俺の何がわかるんや…」
眉間に皺を寄せ、悲しそうな目で俯き、辛そうに声を振り絞る光くん。
私は謙也くんの時の様に、また自分の鈍感さのせいで光くんを傷付けていたのだと気付くと、込み上げる何かが胸を酷く痛めた。
『光くん…ごめ…』
「ほんま…少し痛い目合うた方がええわ、あんた…」
光くんはそう低く呟くと、手を私の両肩に置き、尖った白い牙を剥き出し、ゆっくりと近付いた。
『っ…、』
守られてばかりの自分の無力さを、突き付けられる様に実感させられ、私は黙って瞼を強く閉じるしかなかった。
が、いつ噛まれるかと身構えていても、なかなかその気配が無い…
恐る恐る目を開けてみると、途端に左の頬を抓られた。
『いひゃっ!?』
「…間抜けな顔や」
突然の出来事と、またコロッと変わった光くんの表情に戸惑っていると、「気持ちええ位のアホ面ですね」と、頬を抓る手を離しながら、いつもの調子で言われた。
『あほづら…え…えっ?』
「これに懲りたなら、もうちょい危機感持ってくださいね」
『あ、はい…ごめんなさい…』
念を押すように、ずいっと近付けられた顔…視線のやり場に困り、うつむき加減に謝るだけだった。
(また…傷付けた、)
ズキズキと痛む胸に、光くん本人はもっと辛いのだろうと思うと、どんな顔をしていいのかわからなかった。
「…何、やってるんや?」
『え…?』
今、ここに居るはずのない人の声に、光くんが振り向くと、光くんに遮られていた視界が開け、その声の主を捉えた。
『蔵ノ介さん…』
「光、名前ちゃんに何かした…」
「何もしてませんよ」
言葉を重ねるように言う光くんに、蔵ノ介さんは黙った。
「ただ、先輩…名前さんの血が濃くなるまでっちゅー話でしたよね?」
「…せや、」
「ほな、まだ名前さんとこ居る理由は何ですか?」
ピリピリとした雰囲気に、二人を見比べる私に、光くんの言葉は一瞬意味がわからなかった。
「とっくに、血は濃くなってるのに」
明かされる真実
気が付くと、蔵ノ介さんに腕を掴まれ、家に向かって歩いていた。
私を引っ張る蔵ノ介さんの表情は、見えなかった…
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久々の更新で、わけわからん。
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