『あのー…一人で帰れるので、大丈夫ですよ?』
ご飯の後、二人が家まで送ってくれると言い、断ろうにも「一人で帰らせたら、白石に怒られるで?」と言う侑士くんの言葉に、大人しく頷いておいた。
が、途中まで来ると侑士くんの携帯が鳴り、急用だと行ってしまった。
相手はどうやら謙也くんの様で、大丈夫かと訊ねると、余裕そうに笑って去っていった。
「こんな時間に、女を一人で帰すなんて出来ると思うのか?」
『男の人は大変ですね…』
「男からしたら、女の方が大変そうだけどな」
『そうですか?』と訊くと、「大変と言うより、面倒臭そうだ」と言う跡部さんに、確かにと納得した。
「まああれだ、白石にも話があるしな」
『そう言えば、跡部さんは吸血鬼とか狼男とかを見分ける事ができるんですよね?』
「ああ」
『じゃあ、跡部さんはダンピールなんですか?』
私がそう訊ねると、跡部さんは私の顔を見て、少し意外そうに言った。
「ダンピールなんてよく知ってるな」
『知り合いにダンピールの子が居て、その子に教えてもらったんです』
「そうなのか…しかし、俺はダンピールじゃない」
『それじゃあ…普通の人間、ですか?』
普通の人間でも、そんな能力が使えるのだろうか…と考えていると、「人間だが、普通ではないかもな」と答えた。
「俺の家は代々、貴族の家系からも血を引いている。その血筋を辿ると、吸血鬼や魔女だと恐れられた一族にも繋がりがある」
『その中に、そういう能力を持つ人が居たって事ですか?』
「そういう事だな…物分かりがいいな、お前」
感心したような表情の跡部さんに、『それ程でも…』と返すと、私の住むマンションが見えてきた。
あそこです、と跡部さんに教えようとすると、「名前さん?」と聞き慣れた声。
『光くん!どうしたの?こんな時間に…』
「先輩に届け物で…」
「名字、知り合いか?」
マンションの方から歩いてきた光くんが、少し険しい表情をしていたので、その視線を辿ると、こちらも鋭い視線を光くんに向ける跡部さんが居た。
跡部さんは光くんから遮る様に、私の前に一歩出た。
「誰ですか?この偉そうな男…」
「大した態度じゃねぇの、アーン?」
『だ、大丈夫ですから、睨み合わないでくださいっ!』
跡部さんの後ろからそう訴えると、睨み合っていた二人はその視線を私に向けた。
『跡部さん、さっき話したダンピールの財前光くんです』
「だろうな…半妖の匂いがする」
「そう言うあんたも、けったいな匂いしてますけど…で、あんたは何者や?」
「ほう…俺の血の匂いがわかるのか」
余裕そうな跡部さんの表情に、未だ睨んだままの光くん…
ピリピリした空気に、慌てて二人の間に割って入った。
『光くん!この人は跡部景吾さんって言って、あの有名な跡部財閥の息子さんで…』
「名前さん、そないな人とも関係あったんスか?」
『跡部さんとは今日会ったばかりで…簡単に説明すると、私が他の吸血鬼に襲われそうになっている所を跡部さんに偶然助けて貰って、そこに跡部さんと待ち合わせしてた侑士くんが現れて…』
「ちょっと待った。今、他の吸血鬼に襲われたとか…俺の聞き間違いですか」
「聞き間違いじゃねぇよ」
睨むのをやめた光くんだったが、今度は真面目な顔になった。
「どうやら、ダンピールにしては吸血鬼の力はなかなかの物みたいだな」
「…」
跡部さんは光くんとすれ違い様に何か呟いた様だったが、一瞬強く吹いた冷たい風で聞き取れなかった。
「…ご忠告どうも」
『どうしたの?』
「いや…何でもないッスわ」
何時になく不機嫌そうな光くんに、何を言われたのか気になったが、「名字、行くぞ」と先に歩き出した跡部さんに急かされた。
『あ、はい…じゃあ、また今度ね』
「…はい、」
□□□□□□
『ただいまー。どうぞ、跡部さん』
「ああ、悪いな」
お客さん用のスリッパを出すと、ドアの開く音がした。
「名前ちゃん、おかえり〜。侑士くんに変な事…って、跡部くん!」
「よう、白石。久し振りだな」
「ほんまやなぁ〜っ!え、跡部くんが名前ちゃん送ってきてくれたん?」
「まあな」と答える跡部さんとリビングに移動すると、蔵ノ介さんはキッチンに入った。
「跡部くんは何がええ?コーヒーかお茶か、ワインでも開けよか?」
「ワインだな。軽めのロゼはあるか?」
「ロゼ…確か一本あったはず…」
「あったあった」と手際良くコルクを抜き、グラスを2つ用意する蔵ノ介さん。
私は跡部さんから上着を預かり、自分の上着の隣にハンガーへ掛けた。
「名前ちゃんにはホットミルク温めとるから、ちょい待ってな?」
『ありがとうございます』
「そう言えば、さっきもアルコール類飲んでなかったな…未成年だったか?」
『成人してますよ』
「名前ちゃん、壊滅的に酒弱いねん…」
そう言って笑う蔵ノ介さんは、テーブルに着いた跡部さんの目の前にグラスを置くと、ピンク色のワインを注いだ。
「壊滅的って…どういう事だよ」
「とても人様には見せられへんわ…」
『そればっかりは否定できませんね…』
私達の様子に、何か察したらしい跡部さんは苦笑いを浮かべると、グラスを傾けた。
『ん?蔵ノ介さん、これ…なんですか?』
「ああ、それな。開けてみ?」
テーブルに置かれた段ボール。
キッチンに戻った蔵ノ介さんに促され、既に開けた形跡のある段ボールを開くと、中には立派なケースが…高そうなそれに、若干たじろぎながらも、そのケースも開いてみた。
『…チェス、ですか?』
「せや。クリスタル製やで?」
『く、クリスタルですか…』
「ほう…なかなか良いもんじゃねぇか」
触ろうとしたが、クリスタル製と聞いた瞬間、手がビクッと停止した。
そんな私の目の前から、駒を一つ手に取った跡部さんは、そう言いながら駒を光に翳した。
「前からオサムちゃんに頼んでてん。やっと入荷した言うて、光に届けてもろたんや」
『あ、光くんとさっき外で会いました。届け物ってこれの事だったんですね』
こんな高級な物を運ばされたのかと、光くんに同情していると、蔵ノ介さんがホットミルクが入った私のマグカップを持ってきてくれた。
「温度はこれくらいでええか?」
『あ、丁度良いです』
「どんな暮らしぶりかと思って見に来てみりゃ、ただのバカップルじゃねぇか」
「『え?』」
向かい側に隣同士で座る私達を、呆れた顔で見る跡部さん。
バカップル所か、カップルですらないと否定しようとしたが、跡部さんの言葉に空気が変わった。
「道理で匂いが強い訳だ…これじゃ、他の吸血鬼が寄ってくるのも無理ねえな」
「他の吸血鬼…?どういう事や、跡部くん」
一瞬で蔵ノ介さんの表情が険しくなり、跡部さんも真剣な顔で説明を始めた。
「今日、名字が吸血鬼にナンパされてる所に、丁度俺が居合わせてな…そいつは追い払ってやったが、名字一人となるとな…」
「ほんまなん?名前ちゃん…」
『っ、はい…最近、知らない男の人によく声を掛けれるようになってきて…』
私の言葉に、ショックを受けたような顔をした蔵ノ介さん…その様子に、跡部さんは咎めるように言った。
「んな事にも気付けねぇなんて…勘、鈍ったんじゃねぇか?アーン?」
「…」
「名字と忍足から大体の話は聞いた。事情はわからねぇが、ちゃんと吸血しろ。断血なんかして、一体何になる?」
辛そうに視線を落とす蔵ノ介さんに、思わず声を掛けかけたが、「そうやな…」という声に言葉を飲み込んだ。
「人間と一緒に暮らすやなんて、久々すぎてな…俺が甘かったわ」
「わかったならさっさと決める事決めちまえ」
『あの…決める事って?』
跡部さんの口振りに不安を抱き、二人に問いかける。
「お前が狙われる理由は匂いだ。匂いがする人間は、匂いがしない人間より吸血する時のリスクが低く、狙われやすい」
「ほんで、その匂いは吸血鬼にとっちゃフェロモンみたいなもんや。吸血された時、気持ちええやろ?あれが吸血鬼と人間との繋がり…つまり、匂いを作るんや」
「他の吸血鬼に狙われない様にするには、二通りの方法がある」
『…どう、するんですか?』
二人の説明は不安が募るばかりで、嫌な予感しかしなかった。
「一つは、繋がりのある吸血鬼と契りを交わす事」
『契り…もう一つは、』
「もう一つは…」
「…匂いを断つ事、やな」
蔵ノ介さんは呟くように言い、グラスの中のワインを揺らした。
匂いを断つ…侑士くんが言っていた、吸血鬼の記憶を消すと言う意味。
『…契りは、どういう…』
「永遠の伴侶の誓い…つまり、人間を辞めて、吸血鬼と夫婦になる事だ」
『人間を辞めるって…吸血鬼になるって事ですか?』
「吸血鬼には相手を不老不死の体にする力がある…大抵はその道を選ぶ奴が多いな」
人間ではなくなる恐怖に比べれば、記憶を無くしてしまった後になってしまえば、なんて事ないのだろう。
しかし、出会って一ヶ月半程の仲ではあるが、自分の身の危険の為とは言え、蔵ノ介さんの記憶を消すの避けたい…
どちらの道も、選ぶには代償が大きすぎる。
『それしか…ないんですか?方法…』
「…まぁ、どちらも選べねぇって言うんなら、一つしかねぇな」
「ん?他に何が…」
蔵ノ介さんも、わからないと言った表情で跡部さんを見た。
「何がってお前…こうなったのは白石、お前の責任だろ」
「え…あ、」
「お前が責任持って、こいつを守ればいいだけの話だろうが」
変わり始めた何か
「相変わらず、簡単そうに言うてくれるなぁ…跡部くんは、」
「来たるべき時までの時間稼ぎだ。それまでに覚悟を決めとけ」
「難しい話やなぁ…」
来たるべき時の覚悟、とは…
「ま、もう遅そうだがな…」
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絶賛厨二妄想設定全開。
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