「ヴァンパイアハンターッスか?」
『うん、ヴァンパイアハンター』
学校の帰り、家電店で買ったホットプレートを持って歩いていると、丁度通りかかった光くんに声を掛けられた。
光くんは私の手からホットプレートを取ると、軽々とそれを持ち、家まで送ってくれると言うので、甘える事にした。
歩きながら、この間の事を教えた。
「その先輩は普通の人間なんスか?」
『長太郎くんも宍戸さんも普通の人間だよ』
「なんや、良かったやないですか。ヴァンパイアハンターは俺みたいなダンピールも多いから…」
『そうなの?』
ヴァンパイアハンターと言うからには、普通の人間が恐怖の吸血鬼を退治するのかと思っていたが、どうやら違うらしい。
「俺らダンピールは、吸血鬼の居場所を察知したり、吸血鬼を殺す事が出来るから、ハンターになったりしてたみたいなんですわ」
「ま、死んだら吸血鬼になるんやけど」と皮肉っぽくいう光くん。
『まぁ、長太郎くんも宍戸さんも、退治するつもりは無かったみたいだけどね』
「いや、先輩やったからよかっただけで、吸血鬼にもよると思いますけど…」
『え?』
その言葉に首を傾げると、光くんは残念そうに言った。
「このご時世とは言え、未だに映画で見るような吸血鬼も居りますからねぇ…先輩を殺した奴みたいに」
『あ…』
「そういう吸血鬼で、名前さんが騙されてる様やったら、意地でも退治しとったんちゃいますか?その牧師さんとヴァンパイアハンターさん」
先輩を殺した奴…蔵ノ介さんを吸血鬼にした吸血鬼。
蔵ノ介さんが殺めてしまった二人目。
それが何年前の話なのかはわからないが、身の回りの吸血鬼や狼男が優しいせいか、そういう吸血鬼が存在する事を忘れていた。
長太郎くんは念の為、とは言っていたけど、やっぱり得体の知れない蔵ノ介さんを警戒していたのだろう。
『もしかして蔵ノ介さん、それがショックだったのかな…?』
「どないしたんスか?」
『蔵ノ介さん、何だか最近元気無くて…』
「元気が無い?」
訝しげに聞き返してくる光くんに、最近の蔵ノ介さんの様子を教える。
『料理は相変わらず用意してくれてるんですけど、なんかこう…上の空って言うか。ぐだぐだしてるって言うか、目が死んでるって言うか…』
「はぁ…」
『で、最近はやたらと赤ワインやらトマトジュースばっかり飲んでて…あ、ザクロも食べるようになりました』
「ザクロ…」
光くんは私の説明に、何か考える仕草をすると、「先輩、最近吸血の方は?」と訊いてきた。
『んー…最近はちょくちょく行ってるみたいだけど、すぐ帰ってくる様になったかなぁ』
「…」
『…何か、マズいの?』
黙る光くんに、段々と不安になってきた私は、光くんの顔を覗き込んだ。
「いや、話聞いただけやとわからんし…これ運ぶついでに、先輩の様子も見ますよ」
『うん、お願い』
そう言いながら、光くんは手に持ったホットプレートを見て、「にしても、なんでホットプレート?」と訊いてきた。
『蔵ノ介さん、関西弁だからお好み焼きとか恋しくないかなぁ…って。最近、元気なかったから、少しは気が紛れるかと思って…』
「そう言う事ッスか…」と、納得した光くん…蔵ノ介さんが心配になり、家路を急いだ。
□□□□□□
『ただいまー』
「お邪魔しますー」
帰ってきては来たものの、いつもの出迎えはなかった。
「先輩、居らんみたいッスね」
『でも、靴はあるし…とりあえず、上がって?』
お客さん用のスリッパを出して、光くんとリビングに向かう。
薄暗いリビングの明かりをつけると、いつもと変わらない部屋なのに、何故か違う…雰囲気を感じた。
『居ない…?』
「…いや、居る」
光くんも何かを感じ取っているらしく、私は『蔵ノ介さーん?』と呼び掛けた。
「ん…あ、名前ちゃん帰ってたんか…」
『…え?』
蔵ノ介さんの元気のない声が、真上から聞こえてきた気がして、私と光くんは天井を見上げた。
『く、蔵ノ介さん…どうやって…』
「何やってるんスか、先輩…」
「光も来たんか…ん?二人ともどこや?」
天井にうずくまる蔵ノ介さんは、顔を上げると私達を捜しているのか、辺りをキョロキョロする。
「そこ、天井なんやけど…」
「え?…ああ、ほんまや」
そう言いながら、よいしょとその場に立ち上がった蔵ノ介さん。
天井が高めの為、私の顔と蔵ノ介さんの逆さまの顔が同じくらいの高さになり、真っ直ぐに視線が合った。
「お帰り、名前ちゃん」
『た、ただいまです…』
「あ、夕飯の準備してへんわ…どないしよ」
「まず床に降りてきたらどないですか?」
光くんの言葉に、「それもそうやな」と、すぐ横の壁を歩いて降りてきた。
その不自然な光景に、こっちの平衡感覚がおかしくなる。
「光、何やそれ」
「ホットプレートッス」
『あ、それ、私が買ってきたんです。重いからって、光くんが持ってくれて…』
「なんでホットプレート?」と、首を傾げる蔵ノ介さん。
その顔色は、なんとなく悪い。
『み、みんなでお好み焼きとかやったら楽しいかな?って思って…』
「お好み焼きかぁ…材料はあるし、謙也とか呼ぶか?」
『そうですね…光くんも居るし、早速使いましょう!』
「ほな準備するわ」とキッチンに入っていった蔵ノ介さん…調理に取り掛かるのを確認すると、私と光くんは顔を見合わせ、ホットプレートのセッティングをしようとテーブルへ。
「名前さんの言う通りや…先輩、なんかおかしいわ」
『でしょ?何が原因かわからない?』
「流石に原因までは…でも、しょっちゅう吸血しにいってる割に、顔色悪いし…」
小声でひそひそと話し合う私達と、生気のない(既に死んでいるが…)表情で黙々と調理する蔵ノ介さん。
「自分が天井に居る事もわからへん程、精神的にも参ってるんは明らかですわ」
『昨日より元気ないって言うより、具合悪そうだし…大丈夫かな?』
「…店長に訊いてみたらどないですか?」
□□□□□□
『と言う事なんだけど…』
「確かに様子変やもんなぁ…」
謙也くんと叔父さん、小春先生とユウジくんを呼んでみんなでお好み焼きを始めた。
蔵ノ介さんがキッチンに追加のお酒を取りに行っている間に、叔父さんに事情を説明した。
缶ビールを両手に持ってきた蔵ノ介さんは、席に着くなり缶を開けて、叔父さんのグラスに注いだ。
「なんや蔵ノ介、顔色悪いやんか」
「え…そうでもないで?」
「いやいや、まるで吸血してへんような顔色やで?」
「…」
叔父さんの言葉に気まずそうな表情をした蔵ノ介さん…叔父さんは「やっぱりな」と言うと、注がれたビールを一口飲んだ。
「少しずつ減らそうと思てて…でも、断血はでけへんから一日置きくらいに少しずつ…」
「何やねん、そのダイエットの様な断酒の様な…」
「今までも週一で保ってたから、いけるかなぁ…なんて」
「禁酒でも禁煙でもダイエットでも、ストレス溜めるくらいならやらへん方がええわよ?」
「せやで?ただでさえ死んどるクセに、死人より顔色悪いで?」
「いくら先輩でも、無茶な話ッスわ」
みんなからの言葉に「うーん…」と、ビールの入ったグラスをワイングラスの様に回す蔵ノ介さん。
「そんなんしたかて、人間に戻れる訳ちゃうんやで?」
叔父さんがそう言うと、蔵ノ介さんは持っていたグラスを置き、そのまま目の前のお皿を掻き分ける様に、テーブルのに突っ伏した。
突然の事に私もみんなも驚いたが、顔を横に向けた蔵ノ介さんの情けない様な表情に、更に驚いた。
「そうやんな…こないな事したって、人間にはなれへんわな…」
『蔵ノ介さん…?』
しんみりしたムードが漂う中、沈黙を破ったのは叔父さんだった。
「なんや、もう酔うたんか?蔵ノ介ぇ」
「お、お前が酔っぱらうやなんて珍しいっちゅー話や!」
「ええやん、飲め飲め!お?光、お前何烏龍茶飲んでんねん!お前も飲めや、ホレ!」
「あんたが一番酔うてるわ…ちゅーか、俺は未成年やっちゅーの」
雰囲気を盛り上げようとする叔父さんと謙也くん、本当に酔っ払って光くんに絡む一氏くん…
そんな中、小春先生が「そんなクラリンに、いい物があるわよぉ〜」と怪しく笑いながら、鞄の中から何かを取り出した。
「なかなか吸血でけへん吸血鬼ちゃんの為に、綺麗な血液を濃く濃ぉ〜く凝縮した、吸血鬼専用ドリンクよ☆」
そう言って、堂々とみんなの前に突き出したのは、栄養ドリンクの様な茶色い瓶。
『血液を凝縮って…、どこから血液なんて手に入れたんですか?』
「それはぁ、ヒ・ミ・ツ☆と言っても、効果はわからないから、まだ試作の段階なんやけどね」
顔を上げた蔵ノ介さんは小春先生からドリンクを受け取ると、半信半疑といった表情で茶色い瓶を見た。
『大丈夫なんですか?これ…』
「まぁ、何したかて死ぬわけちゃうし…サプリメントとでも思て飲んでみるわ」
蔵ノ介さんのその言い方が、何だか不安にさせる…寧ろ、死にたそうな言い方に聞こえてしまう。
そんな嫌な予感に、蔵ノ介さんの顔を見つめていると、こちらの視線に気が付いたその目と視線がぶつかった。
『っ、』
「あ…」
蔵ノ介さんが私の顔を見て、何か言い掛けたが、一氏くんの「白石ぃ〜!何かつまみ作りや〜!」の声に遮られた。
めんどくさそうに立ち上がった蔵ノ介さんは、「はいはい」とビールの空き缶を持ってキッチンに行ってしまった。
吸血鬼の秘密事
「さっきからなんで嫌がるんや、小春ぅ〜!!」
「その迷惑な間違い方やめてくだ…って、どこ触っとるんスか!」
「ユウくんばっか光きゅんの事独り占めしてぇ〜!アタシも混ぜなさいよ、んもう!」
「おお青年達よ、もっとやれやれ〜!」
『ひ、光くん、大丈夫かな?』
「いつもの事や、ほっとき」
「いや、自分らええ加減帰りや…」
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話がなかなか進まない
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