「それでクラリン、今度は名前ちゃんのハロウィンの衣装を作ってるっていうお話なのね?」
『そうなんですよ…』
溜まり場と化した金色先生の研究室。
私は、みんなでテニスをした帰りの話を、金色先生と謙也くんにした。
「嬉しそうやないやん。どないしたん?」
『いや、嬉しいですけど…テニスの道具一式に、ハロウィンの衣装の手作りだなんて…結構お金かかるじゃないですか』
『知らないうちに、キッチンに高級食材ばっかりになってるし…』と言うと、謙也くんはさも普通のように言った。
「大丈夫やろ、あいつ金持ちやし」
『前から思ってたんですけど、蔵ノ介さんのお金ってどこから出てくるんです?』
「どこって…吸血鬼なってから、働いて貯めた金やろ?」
『でも、前に聞いた時は仕事とか住む所も転々としてるって…』
「それはバイトの話で、自分の会社も何個か持ってるはずやで?」
想像以上の話が聞こえた気がして、『自分の…会社?』と聞き返してしまった。
「製薬会社やったり、健康器具とかサプリメントとか…あとは何や?輸入とかもしてるんやったかな?どれもかなり繁盛しとるみたいやで」
『…何ですか、それ』
「あら、何も知らんかったん?」
『初耳です。心配して損しました』
蔵ノ介さんにそのつもりは無かったのだろうが、騙されていた気分になってしまい、なんだか気分が悪くなった。
『それにしても、よくそんな数の会社を経営してますね…それに、蔵ノ介さんは生存していない事になってますよね?』
「大企業と姉妹契約みたいなんしとるみたいやし、いざとなったら催眠とかもあるしな」
『でも、会社に行ってる気配は無いですよ?』
「黙っとっても金は入ってくるみたいやし、社員の待遇もええみたいよ〜。出来る男はええわね〜☆」
色々納得いかないが、謙也くんの情報はどれも聞いた話でしかなく、結局は本人に聞かないとわからない事なのだ。
本人聞かないとわからない、というので思い出した事を、二人に訊いてみた。
『そう言えば、話変わっちゃうんですけど、蔵ノ介さんの包帯の中身って何なのか知ってますか?』
「え?知らんけど…名字、知っとるん?」
「アタシも知りたいわ!」
『い、いや…私も知らないんで、お二人ならわかるかなぁ…と、』
私がそう言うと、「なんや…」と残念そうな二人。
この様子では、二人とも知らないみたいだ。
すると、研究室のドアがノックされ、「千歳たい」と声がした。
金色先生が「どうぞ〜☆」と言うと、紙袋を持った千歳さんが入ってきた。
「あ、名前ちゃんも来とったばいね」
『お久しぶりです』
千歳さんは金色先生に「頼まれてたやつたい」と紙袋を渡した。
「おおきにね、千歳クン☆」
「何や?それ」
「あなた達の薬の改良に使う薬草よ〜」
金色先生は受け取った紙袋の中から、乾燥して茶色くなった薬草らしき植物を取り出した。
「コーヒーも持ってきたから、みんなで飲むといいたい」
「あらっ!助かるわぁ〜、最近この研究室のお客さんが増えたもんやから、コーヒーの減りが早いのよねぇ」
「早速淹れるわね☆」とコーヒーの準備をする金色先生。
私の向かい側に座る謙也くんの隣に腰掛けた千歳さんに、先程二人にも訊ねた事を訊いてみる。
『千歳さん、蔵ノ介さんの包帯の中身って知ってます?』
「白石の包帯の中身?知らんばい…名前ちゃん知っとうと?」
『私も知らないので、先生と謙也くんに訊いたんですけど、知らないみたいで。千歳さんなら知ってるかと…』
「うーん…俺が白石と知り合った時点で、もうあの包帯は巻かれてたばい…」
「そうやな、俺も包帯のあらへん蔵ノ介なんか見た事無いわ」
「アタシも無いわねぇ…」
付き合いの長い彼らですら、あの包帯の下の腕を見た事が無いと言う…
『腕を見せられない理由でもあるんでしょうか…例えば、タトゥー…とか?』
「健康オタクのあいつがそんなんやるとは思えへんけどなぁ…」
『じゃあ、見せられない大きな傷跡があるとか?』
「吸血鬼は傷跡も残さず治癒できちゃうから、あるとしたら生前のものね」
いろんな憶測が浮かんでくるが、ふとこの前、包帯の上から腕を触った時の事を思い出した。
『あ、でも包帯の上から触った時、なんかやけに堅かったんですよね…』
「いやん!なんだかイヤラシい言い方やないのぉ☆」
『…えっ?』
金色先生の言葉に首を傾げると、呆れた顔をした謙也くんと千歳さんが「続けろ」と言った。
『人の腕の硬さじゃなかったです』
「どんくらいの硬さやったと?」
『んー…凹んだりしないくらい、しっかりしてました』
「左腕だけサイボーグやったりしてな」
『まさか…』
謙也くんの実際には有り得ないだろう例えに、そんな訳ないと笑ってみせる。
「でもあいつ、金太郎には毒手やで〜言うてからかってるで?」
『毒手?』
「金太郎さんがあんまり言う事きかない時に使う、脅し文句よ」
「実際は毒手なんかやないから、安心して?」とそれぞれに淹れたコーヒーを配る金色先生。
『なんだ…じゃあ、ギプスみたいなのしてるんですかね?』
「何の為のギプスやねん…寧ろ、札束でも巻いとるんちゃうか?」
『さっきの話を聞いた後じゃ、あながち有り得そうな気がしちゃいますよ…』
金色先生から受け取ったコーヒーに、星形の角砂糖とミルクを入れ、ティースプーンでくるくるとかき混ぜる。
「名前ちゃん、一緒に住んでるんやから、いくらでも見れる機会あるんやないの?」
『寝る時ですら巻いてるのに、いつ見れるチャンスがあるんですか…』
「あらぁ〜っ!絶好のチャンスがあるやないの!」
『え?』
そんな瞬間があるのかと、金色先生を見ると、先生は体をクネクネさせながら言った。
「お・風・呂、に決まってるやないの☆」
□□□□□□
お風呂を覗けと言う金色先生から逃れる様に研究室を出た。
それにしても、私より付き合いの長い人達ですら包帯の中身を知らないとなると、何か秘密があるような気がしてならない。
『ただいまー…ん?』
包帯の事で頭がいっぱいのまま家に帰ると、お風呂場からシャワーの音が聞こえた。
先程、金色先生にされたアドバイスの後、こんなタイミング良くお風呂に入っているなんて…
『…』
お風呂を覗くなんて…と、思っていたが、風呂場の前で足が止まる。
そうだ、お風呂に入るのに包帯を外すとしたら、風呂場を覗かなくても、脱衣場に着替えと一緒に置いているのでは?
『…脱衣所だけ、うん』
そう自分に言い聞かせながら、そっと脱衣所に入る戸に手を掛けた。
静かにゆっくりと開くと、かごに入ったバスタオル…蔵ノ介さんはシャワー中だし、かごの中を調べる時間はありそうだと、脱衣所に足を踏み入れた。
物音を立てないよう、抜き足差し足でかごに近づき、バスタオルに手を伸ばす…
その下をチラッと覗くだけ…と、バスタオルを掴んだ瞬間、風呂場から「よっしゃ、終わりや」と声が聞こえた。
マズいと、手を離すより先に、風呂場の戸が開いた。
「あれ?名前ちゃん、おかえり」
『た、ただいま…です』
「…何してんの?」
バスタオルを掴んだまま固まる私を見下ろす蔵ノ介さんは服を着ていて、包帯が巻かれたままの腕には、濡れた白い子猫…
私は咄嗟に『これ、使いますか…?』と掴んだままだったバスタオルを差し出した。
□□□□□□
「オサムちゃんが拾たんやて」
『そうなんですか』
リビングのソファーで、蔵ノ介さんの膝の上に気持ちよさそうにタオルで撫でられる子猫に、私はドライヤーを当てながら、この子がここに居る経緯を聞いた。
濡れた毛も大体乾いた所でドライヤーを止め、コードをまとめながら溜息を吐いた。
『で、私の許可もなく連れてきたら、テーブルの上のドイリー引っ張って、飾ってあった花の花瓶を倒してカーペットと一緒にびしょ濡れになって、お風呂場で洗ってあげた訳ですね?』
「花瓶は割らへんかったけど、カーペットがなぁ…とりあえず明日、すぐにクリーニングに出してくるから」
「もしあれやったら、新しいの買うから…すまんな」と子猫を部屋に放してやる蔵ノ介さん。
『別にそれくらいはいいんですけど…』
「そう言えば、脱衣所で何してたんや?」
『……可愛い猫ちゃんですねぇ〜』
はぐらかそうと手元にあった猫じゃらしを子猫に向けると、蔵ノ介さんは私を疑ったように、へぇー…と怪しく笑った。
「名前ちゃん、俺の裸を覗きに…」
『ちっ違います!私は包帯の…いや、何でもないです』
そこまで言いかけて、私は目を逸らした。
「そんな事せえへんでも、いつでも見せたるのに」
『い、要りません…』
「要らんて…まぁ、包帯の中身は教えたらんけどな」
『なっ…わかってたんじゃないですか、もう…』
不貞腐れれ私に、笑いながら子猫を招いて、膝の上に乗せた蔵ノ介さん。
『その猫ちゃん、飼うのはいいんですけど、名前はもう決めたんですか?』
「名前ちゃんには申し訳ないけど、決めてもうたわ」
『なんていう名前ですか?』と訊ねると、蔵ノ介さんは自信満々に答えた。
「エクスタちゃんやで」
包帯の秘密
『嫌です!もっと可愛い名前がいいです!』
「これだけは譲られへん!この真っ白でシルクのような毛並みに、凛として優雅なこの顔と、まるでオーロラの様なこの透き通った瞳!正にエクスタシーの名に相応しい子猫ちゃんやろ!」
『こんな小さくてあどけない表情をした子猫ちゃんに、そんな名前付けないでくださいよ!』
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えくすたちゃん
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