『そう言えば、昨日はなんで研究室に居たんですか?』
蔵ノ介さんが買い物に行くと言うので、普段の蔵ノ介さんの生活が何となく気になって、ついて行く事にした。
今日の買い物は洋服だったみたいで、ついでに私の冬服まで買ってもらってしまった。
気付けば昼過ぎで、雨も降ってきたし、遅めの昼食ついでにお茶でもしようと、小洒落たカフェに入った。
「昨日は小春に頼まれとった薬草を採りに、千歳と山に行ってきたんや」
『薬草?』
「謙也達の薬に使うやつな。で、千歳の店でコーヒー飲んでたら、珍しく混み始めて…で、俺が代わりに研究室まで届けに行ったんや」
『なんだ…謙也くんを殴りに来た訳じゃなかったんですね…よかった』
「何やねん、それ…」と笑いながら、食後の紅茶を啜る蔵ノ介さん。
整った顔立ちで、身長もあり、スタイルも良い…そのせいか、外でもお店の中でも、やたらと女性の視線を集める。
女の子の声が聞こえると、私なんかが隣を歩いていていいのかと、負い目すら感じる。
「それにしても…名前ちゃん、モテすぎて心配やわ」
『……えっ?私がですか?』
「何や、自覚無いんか?」
驚いた様な表情の蔵ノ介さんに、何の事かと焦る私。
『自覚も何も…心当たりが無いんですが…』
「小悪魔やなぁ〜…怖いわぁ」
『怖いって…寧ろ、何で蔵ノ介さんがそんな事わかるんです?本人の私が気付かないのに…』
「そら、見てりゃわかるわ。ま、年の功やな」
得意気に言う蔵ノ介さんが、他の席の女性客と目が合ったみたいで、微笑みかけるとそちらの方から声が上がった。
満更でもなさそうなその様子に、何だかむっとした。
『私なんて不細工だから、モテる訳ないですよ。蔵ノ介さんみたいな美形なら、その通り異性の歓声も上がるんでしょうけど』
「ん?何や名前ちゃん、ヤキモチか?」
『なっ…そのポジティブさが羨ましいですよ、まったく…あれ?』
ニヤニヤする蔵ノ介さんから視線を逸らして、ガラス張りの外を見ると、知ってる二人の姿があった。
『千歳さんとミユキちゃんですよ』
「あ、ほんまや…」
『流石に、こっちの声なんて聞こえませんよね…』
諦めて自分の紅茶のカップに口をつけると、「大丈夫やで」と、外の二人を頬杖をついて見つめる蔵ノ介さん。
すると、千歳さんがこちらを振り向き、ミユキちゃんにも指を指して教えた。
笑顔で手を振るミユキちゃんに、こちらも手を振り返すと、二人はまた人混みに消えていった。
『えっと…テレパシー的な?』
「そうやな」
『便利ですよね、吸血鬼の能力って』
実は前々から羨ましいと思っていて、それが顔に出てたのか、「欲しい?」と訊かれた。
『え?私も使えるんですか?』
「吸血鬼になったらな」
『…なんだ、そういう事ですか』
落ち込む私を面白そうに笑う蔵ノ介さんは、やっぱり少し意地悪だと思う。
そんな事を考えていると、蔵ノ介さんが「あ…」と外を見ながら呟いた。
つられて外を見てみると、小さな女の子が転んでいて、お兄ちゃんらしき男の子が駆け寄って、泣く女の子を立たせて宥めていた。
『大丈夫かな、あの子…』
「大丈夫やろ、お兄ちゃんついとるし」
お兄ちゃんが妹の服をほろってやり、膝を確認して笑顔を見せると、妹は涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔で頷き、泣き止んだ。
そんな妹の頭を優しく撫でる光景に、とりあえず安心した。
『大丈夫そう…よかったですね』
「…」
『…?蔵ノ介さん?』
ボーッとその兄妹を見つめる蔵ノ介さんを呼ぶと、ハッと我に返った様子を見せた。
「ごめんごめん…」
『どうしたんですか?』
「いや…」
言いにくそうに視線を落とすその姿に、聞いては不味い事だったかと、話題を変えようと思考を巡らせようとしたが、蔵ノ介さんが答えるのが早かった。
「家族の事、思い出してな…」
『家族って…蔵ノ介さんの?』
「せや…五人家族やったんや」
ティーカップの縁を親指の腹で撫でながら、呟くように語り出した蔵ノ介さん…
「両親と、姉貴と妹が居ったんや」
『女兄妹に挟まれてたんですね…』
「そやねん、これがまた小煩い姉貴と妹でな…姉貴はともかく、妹は年子で生意気やったけど、何やかんや言うて可愛かったわ」
何年前の話なのかはわからないが、蔵ノ介さんの語り口が全て過去形なのが、寂しく感じさせる。
「残念な事に、生きとった頃の記憶は年々薄れて行ってるんやけどな…」
『蔵ノ介さん…』
蔵ノ介さんは笑ってみせるが、その笑顔が寂しそうなのは気のせいではないはずだ。
「名前ちゃんは、兄弟居るん?」
『はい、兄が一人』
「お兄さんかー…名前ちゃんみたいな可愛い妹やったら、お兄さんも気が気やないやろうな」
『可愛くはないですけど…親に負けず劣らず、過保護ですね』
「そら過保護にもなるわ」と、笑う蔵ノ介さん。
「過保護や言うけど、俺と同棲しとるのわかっても驚いとっただけで、怒りもせえへんかったし、家族で押し掛けてきたりもなかったやんな?」
『叔父さんに釘打たれてるからじゃないですかね…私が一人暮らしをしたいって言った時も、叔父さんが家族を丸め込んでくれたので』
「へぇ…」
ティーカップの底が見え、ふと腕時計を見ると結構な時間が過ぎていた。
『もうこんな時間ですよ?』
「あ、ほんまや…名前ちゃんと居ると、時間過ぎるん早いなぁ」
「ほな、帰って夕飯の下拵えせなな」と、私達は席を立った。
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『私も、自分の荷物だけでも持ちますってば』
「大丈夫やて、重いもんちゃうし」
昼の雨でできた水溜まりがちらほら見える道を、二人並んで歩く私達。
『重くないなら私も持てます』
「あっ、アカン、めっちゃ重いわ…」
『服がそんなに重い訳ないでしょう?』
荷物を全部持って歩く蔵ノ介さんに、さっきから荷物を分けろと言っているが、なかなか渡してくれない。
男に荷物持ちをさせてお高く止まっているような感じがして、せめて自分の物だけでも…と言ってみるが、「女の子に荷物持たさへん主義なんや」の一点張り。
蔵ノ介さんは意外と頑固なのかもしれない…。
『私が嫌なんです』
「俺に触られた服なんか着たないっちゅー事か…」
『ち、違います!なんでそうなるんですか…』
そんな会話をしながら歩いていると、「あれ?名前ちゃん?」と声を掛けられた。
振り返ってみるとそこは教会で、牧師さんが門の辺りを掃除していた。
『あ、長太郎くん』
「ん?知り合いか?」
「初めまして、この教会で牧師をしている鳳長太郎です」
よろしく、と蔵ノ介さんと握手をする長太郎くん。
「俺は名前ちゃんの彼氏で未来の夫です。よろしゅう」
「えっ?名前ちゃん、結婚するの?」
『な、何言ってるんですか!長太郎くんも本気にしないでよ…』
かしこまった風にそう自己紹介する蔵ノ介さんと、その内容に驚く長太郎くんの間に割って入った。
「で、鳳くんとはどういう仲なん?」
『長太郎くんとは幼なじみなんです』
「幼なじみねぇ…」
ふーん、と蔵ノ介さんは意味有り気な反応を見せた。
「そう言えば、この前あげた聖水だけど、もう使い切っちゃったんじゃない?」
『え?ああ、あれ…』
「あの聖水、ここで貰てきたんか!」
「どうかしたんですか?」
蔵ノ介さんと同居し始めた頃、蔵ノ介さんを退治しようとして、お店で聖水だけが手に入らず、長太郎くんにお願いして譲ってもらったのだ。
不思議そうな顔をする長太郎くんに、なんて答えようか、目を泳がせてしまう。
「いやぁ、名前ちゃんが俺のこの腕の為に貰ったみたいなんやけど…残念ながら俺、宗教の信仰が無いもんでな」
「そうだったんですか…腕の具合はいかがですか?」
包帯を巻いた左腕を見せる蔵ノ介さんは、長太郎くんの言葉に笑って答えた。
「これ、実は怪我やないねん」
「え、そうな
『そうなんですか!?』
ずっと、怪我だと思っていた私は、思わず長太郎くんの言葉を遮って声を上げてしまった。
長太郎くんが「じゃあ、何の為に?」と訊くと、蔵ノ介さんは私の顔を見て、ニコリと笑顔で言った。
「秘密や」
『な、何ですか…それ』
「本当に仲良さそうですね」
私達の様子を見て、そう言う長太郎くん…どこをどう見たらそう見えるのか…
「あ、そうだ」とポケットから何か取り出した長太郎くん。
「今度、教会でハロウィンの催しがあるんだけど…」
「ん?何か落ちたで?」
「え?ああ、すみません…」
ポケットからこぼれ落ちたのは十字架のネックレスで、長太郎くんの足元の水溜まりギリギリに落ちた。
それを拾おうと屈んだ蔵ノ介さんと長太郎くん…すると、「あれ?」と何かに気付いた様子の長太郎くんは動きを止めてしまった。
蔵ノ介さんも長太郎くんの様子に気付いたみたいだったが、ネックレスを拾って長太郎くんに渡した。
「牧師さんが十字架落としたらアカンやんか、鳳くん?」
「え?あ…すみません、ありがとうございます…」
「これ、貰ってくな?」
「ええ、どうぞ…」
何だか反応の鈍い長太郎くんに違和感を感じたが、ハロウィンのチラシを受け取った蔵ノ介さんが「そろそろ行こか」と、私の手を引いた。
『じゃあね、長太郎くん』
「う、うん…帰り道、気を付けて」
そう言いながら手を振ると、長太郎くんも手を振り返してくれた。
「今のは…」
吸血鬼さんの思い出
『包帯の中身って…』
「知ったら名前ちゃん、めっちゃ驚くで」
『包帯の秘密、教えてください』
「嫌」
『誰にも言いませんから』
「ほなチューしてくれたら教えるかも知れへんなぁ…」
『じゃあいいです…』
「何やて…俺の計算やと、チューしてくれるはずやったのに…!」
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四天と氷帝しか出てないな…
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