とうとう、俺の過去を名前ちゃんに知られてしまった。
名前ちゃんからも嫌われて、家からも追い出されるのを覚悟で打ち明けたのだが…
正直、驚いた。
名前ちゃんは俺を嫌う所か、俺の為に泣いてくれたのだ。
そして、出て行くなと言ってくれた。
『それじゃあ行ってきます』
「おう、行ってらっしゃい」
いつもの様に弁当を渡し、学校に行く名前ちゃんを見送る。
ただ、以前と違うのは…
『あ、蔵ノ介さん』
「な、何や?」
名前を呼んでくれるようになった事。
『今日はビーフシチューな気分です』
「了解、任しとき」
『じゃ、行ってきます』
そう言って家を出る名前ちゃんを見送る…
こうなる前に、いっそ嫌われてしまえばよかったのに、と思った所でもう遅くて。
「…さて、どないしよかな」
□□□□□□
『あ、』
「あ…」
大学の中庭…お昼を食べようと出てみると、そこには久しい姿。
「何や、久しぶりやな…」
『そうだね…立ってるのも難だし、お昼一緒に食べよう?』
「あ、ああ…」
やはり、どこかぎこちない謙也くん。
謙也くんは売店から買ってきたお弁当を開いた。
『あ、それ…この前、侑士くんも同じの食べてましたよ』
「え?あ、そうなん?」
『なんか、二人って兄弟みたいですよね。あんまり似てないけど』
「そうか?」と、腑に落ちなそうな反応の謙也くん。
どうやら侑士くんと比べられるのは嫌みたい。
「あのー…この前の事なんやけど…」
『え?あ…はい、』
「侑士から伝言聞いた。俺が悪いのに…あの時、白石が来えへんかったら…」
「ごめん」と、侑士くんより深く頭を下げる謙也くん。
似たような光景に、根は似てるんだなぁと感じた。
『私は何ともなかったから大丈夫、気にしないで?』
「でも、怖かったやろ?」
『まぁ…少しね』
「すまん…」
可哀想なくらい落ち込んだ様子の謙也くん…こんな状態では、蔵ノ介さんとの仲直り所ではない。
『元気だしてください…私まで暗くなっちゃいます』
「ああ…ごめん」
『もう謝らないで…そんな謙也くん、らしくないですよ?』
「すま……え?」
目を丸くして私の顔を見られ、首を傾げると、「今、名前…」と言った謙也くん。
『ああ…侑士くんに、同じ名字でややこしいからって言われたので…』
「ゆ、侑士かいな…」
『嫌だったらやめますけど…』
「いっ嫌やない!そのままで大丈夫やから」
いつもの調子に戻りつつある謙也くんに、『私の事も名前でいいですよ』と言うと、少し顔が赤くなったのが見て取れた。
「ほ、ほな…」
『…』
「…いや、やめとくわ」
『ん?遠慮しなくてもいいのに…』
謙也くんは何か諦めたように視線を逸らした。
無理強いする事でもないので、まあいいかと、蔵ノ介さんが猫舌な私の為に、水筒に入れてくれた温かいお茶を一口飲んだ。
「あの、あの時俺が言うた事…」
『え?』
あの時、謙也くんが言った事と言えば…
《俺、名字の事…》
ふと、あの時の謙也くんの表情を思い出した。
切なそうな、辛そうな…あの表情に、私を襲おうとした行動は、謙也くんの意志ではなく、満月によって感化された本能が理性を制御できなかったせいなのだと理解した。
そしてあの言葉…そのせいか、恐怖よりも胸が締め付けられる思いの方が強かった。
『ああ…うん、』
「あの事なんやけど、忘れてくれ」
『え…』
「あの時の俺、興奮しておかしなってたんや…うん、すまんな」
謙也くんの表情は、とてもそうとは思えなかったが、そう思うのも私の自意識過剰にもなるし、謙也くんのプライドもある…私は、ただ頷くしかなかった。
『うん…大丈夫だよ』
□□□□□□
「普通は店に着く前に、薬飲んどくもんや」
「わ、わかってるわ」
「わかってへんから、飲みそびれたんやろうが…大体、飲みそびれたなんて言い訳にもならんのやぞ」
「もうわかったって…あと何回聞きゃええねん…小春にも説教されとんねんぞ?」
『あ、あの…もうそれ位に…』
金色先生の研究室に向かいながら、言い争う謙也くんと侑士くんに挟まれた私は、おどおどしながら口を挟む。
困っている私に気付いてか、侑士くんが「ああ、ごめんな名前ちゃん」と、謝ってくれた。
侑士くんの方がだいぶ落ち着いているようだ。
「ほれ見ろ、名字が困っとるやないかい」
「元はと言えばお前が薬を…」
「あーはいはい、ええ加減うるさいわ」
「うるさいとは何やねん」
『私、困ってないし、大丈夫ですから!』
そんな事をしている間に、到着していた研究室のドアをノックもせずに開ける謙也くん。
それに続く侑士くんと私。
「ま〜た言い合ってるん?仲良しさんなんだからぁ☆」
「相変わらずやなぁ、お前らは…」
「仲良しちゃう!って、あ…」
『く、蔵ノ介さん!』
研究室には金色先生とユウジくんの他に、蔵ノ介さんが居た。
侑士くんは蔵ノ介さんと目が合うと、「久しぶりやなぁ、白石」と言った。
「ほんまやな、侑士くん」と返した蔵ノ介さんは、ふとこちらを見ると、私と並んだ謙也くんと目が合った。
みんな事情を知っているせいか、空気がピリッとした。
「よう、謙也」
「お、おう…っ!」
『っ!?』
蔵ノ介さんは謙也くんとの距離を詰めると、いきなり胸倉を掴んで顔を近付けた。
「こ、ここで殴り合いなんてよしてちょうだいっ!」
「せや!やるんやったら外でやりや!」
『け、喧嘩は…』
「まあまあ、名前ちゃん…」
二人の間に割って入ろうとすると、侑士くんに肩を掴まれ、宥められた。
「…思う存分、殴ってくれ」
『け、謙也くん!何言って…』
「ええ覚悟やな」
『蔵ノ介さんも、手離してください!』
今にも殴りそうな蔵ノ介さんに訴えてみるが、冷たい表情で謙也くんを睨み付ける視線は揺るがなかった。
「ほな、早速…」
『蔵ノ介さ…っ!!』
「っ、」
包帯を巻いた手で作った拳を構えた蔵ノ介さんに、もう駄目だとぎゅっと目を瞑って俯く…が、殴るような音が聞こえない。
不思議に思ってゆっくり目を開くと、謙也くんの頬は拳ではなく、人差し指がさされていた。
「…と、思ったけどやめとくわ」
「…」
「名前ちゃん、こういうん好かんしな」
『え…?』
蔵ノ介さんは謙也くんのおでこにデコピンをすると、掴んだ胸倉を少し乱暴に押して手を離し、その手で謙也くんの肩をポンポンと叩いた。
「痛っ!?」
「でも、殴りたいんはマジや」
「…ああ、」
「名前ちゃんの為にこの件はこれで終わりや。けど、次はあらへんからな」
「わかってるわ…」
そう言って、微笑む蔵ノ介さんと気まずそうな謙也くん…
その様子に、「脅かさんといてよもぉ〜☆」と、いつもの雰囲気になるみんな。
「お前のせいで、力使てもうたやんけ…」
「あら?省エネでもしてたの?」
「名前ちゃんが変な力使うな言うたから、極力使わんようにしとったんや」
男同士のこういう場面に慣れていない私は、どうしたらいいのかと戸惑ってしまい、周りの空気に付いていけずにいた。
「ま、男なんてこないな生きもんや…くだらんやろ?」
『くだらなくは…』
「侑士くん、ちょっと名前ちゃんに近過ぎやないか?」
「んな事あらへんて。ケチくさいで、白石」
「アホか」と言いながら私の前に立つ蔵ノ介さん。
「夕飯の買い出し行かなアカンから、付き合うてな?」
『はい、わかりました』
「今日の晩飯は何や?白石〜」
「名前ちゃんのリクエストでビーフシチューやで〜」
「あらあら、ビーフシチューなんてええやないのぉ。私達も一緒に食べてあ・げ・る☆」
「ほんなら、俺らも行くわ。白石の料理も久々に食べたいしな」
「お前は名字ん家に行きたいだけやろ、侑士…」
「んな事あるかいな…」と視線を逸らす侑士くん。
家に来る気満々なみんなに、呆れた様子の蔵ノ介さんは溜息を吐いた。
「お前らなぁ…家主は名前ちゃんやで?まずは名前ちゃんの許可をやなぁ…」
『私はいいですよ?何も無い家ですけど…』
「じゃあ決まりね☆金太郎さんと光きゅんも呼びましょ!」
「千歳も呼んだらなアカンで、小春!」
「ほんまか…」と困った顔の蔵ノ介さんは、仕方無さそうな声色で言った。
「ったく…お前らと居ると、ほんま疲れるわ」
そう言う蔵ノ介さんの顔は、楽しそうだった。
吸血鬼と愉快な仲間達
「名前ちゃん、毎日こないええもん食うとるんか?」
「ほんま、どこにこないな金隠しとんねん」
「先輩、名前さんの事、甘やかし過ぎとちゃいますか?」
「白石、焼酎はなかと?」
「ユウくん、明日からのディナーはここにしましょ☆」
「ちゅー事で、明日はフレンチのフルコースで頼むで、白石!」
「ワイは美味けりゃなんでもええで〜!」
「自分らの辞書には、遠慮っちゅー文字は無いんか?」
『まあまあ、楽しいんですから、いいじゃないですか』
賑やかな夜。
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他のキャラ、何かいい案は無かろうか…
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