Halloween | ナノ







大学の飲み会の夜、吸血鬼さんに助けられて、忍足くんの部屋のベランダから飛びだしてからの記憶が無い。
目が覚めたら自分のベッドの上で朝を迎えた。



「名前ちゃん」

『はい…あ、忍足さん…』

「ややこしいし、侑士でええよ」



昨日、忍足くんは学校に来ていなかったのか、姿を見なかった。
吸血鬼さんにそっとしておけ、と言われたのもあり、連絡も出来ずに居た。

そんなもやもやとした気分のまま、中庭のテーブルでお弁当を広げてボーッとしていると、忍足侑士さんの方が声を掛けてきた。

いつかの忍足くんのように「ここええか?」と向かい側の席を指差す侑士さんに、どうぞと座ってもらった。



「それ、白石の弁当やろ?相変わらず美味そうやなぁ…」

『食べてみますか?』

「いや、名前ちゃんの手作りやったら食べたけどな」



そう言いながら、売店のお弁当を開く侑士さん。
いただきます、と丁寧に手を合わせて挨拶する姿に、思わず感心してしまった。



「謙也の事やけど…」

『え?あっ、はい…』

「悪い事したな…俺からもすまんかったわ」

『い、いえ…あの、顔上げてください』



私に頭を下げる侑士さん…周りの視線が痛く、すぐに顔を上げてもらったが、ちらほらと女子の声が聞こえてきた。



『そんな事より、忍足く…謙也くんは大丈夫ですか?』

「え?ああ…あいつの心配なんかええのに」

『学校にも来てないみたいなので…』

「気にする事あらへんよ。今、あいつは自分に灸据えてるんや」



「自業自得やで、ほんま」と、侑士さんはお弁当を食べる。
そう言われても、罪悪感は晴れない。



『謙也くんに、気にしないでって伝えてあげてください』

「気にするな言われても…白石が行かへんかったら、取り返しのつかへん事になっとったかもしれへんのやで?」

『はい…でも、結果として私は無事だったし、お酒の飲めない私が飲み会だなんて…ちゃんと断ればよかっただけの話なので』

「名前ちゃん…」

『吸血鬼さんにそっとしておくよう言われてるので…』



『お願いします』と今度は私が頭を下げると、侑士さんは「わかった」と言ってくれた。



「あいつが惚れるんもしゃーないわ…」

『え?』

「いや、こっちの話や」



□□□□□□



『こんにちは〜』

「いらっしゃいませ〜」

『あれ?』



あの日以来、何だか様子のおかしい吸血鬼さんについての相談をしに、薬のお礼を兼ねて、この前光くんに買ったクレームブリュレを持って、千歳さんのお店に来た。

入ってみると千歳さんの姿は無く、代わりに小学生くらいの女の子が出迎えてくれた。



『あの、千歳さんは…』

「お兄ちゃんに用ね?ちょっと待っとって!」

『お、お兄ちゃん?』



女の子はそう言うと、奥の工房の入り口から「お兄ちゃん、お客さんばい!」と大きな声を上げた。

すると、奥から出てきた作務衣姿の千歳さん…



「あれ、名前ちゃんたい。良か茶葉が入ったたいね、今淹れるから座っとって」

『ありがとうございます。あの、これ…この前の薬のお礼です』

「そんなん気にせんでよかのに…」

『妹さんとどうぞ』

「うちも食べていいと?ありがとー、お姉ちゃん!」



クレームブリュレの入った箱を妹さんに渡すと、嬉しそうにキッチンの方へと回った。
私は千歳さんの目の前のカウンター席に座った。



『妹さん居たんですね?』

「ミユキ言うたい。ミユキは今、魔女の見習い中なんよ」

「お兄ちゃん、このお姉ちゃんに言ってもよかと?」

「名前ちゃんはこの前教えた、白石と一緒に住んどる人ばい」



ミユキちゃんは「ああ、白石さんの」とクレームブリュレの表面をスプーンで割った。

千歳さんが私の前に湯気の立つ紅茶を置くと、お店のドアが開いた。



「千歳〜、居るか?って、名前ちゃんやないか」

『叔父さん!』



「オサムちゃんはコーヒーたいね」と今度はコーヒーの準備に取りかかる千歳さん。
叔父さんは「ミユキちゃんも居ったんか」と挨拶しながら、私の隣に座った。



『叔父さん、この前はありがとう』

「ん?ああ、蔵ノ介とは仲睦まじくやっとるか?」

『その言い方はちょっといただけないけど…その吸血鬼さんがちょっと…』

「早速夫婦喧嘩か?」

『勝手に夫婦にしないでよ!だからそうじゃなくて…謙也くんと、ちょっといろいろあって…』

「何や、あいつら仲直りしたんとちゃうんか?」



『今度は私のせいで…』と、小学生のミユキちゃんの前では濁すしかなかった。



「…禁断の三角関係ばいね」

「そう言う事かいな!謙也も隅に置けへんなぁ…」

『否定はできないです…』



千歳さんはミユキちゃんに「奥に行っとって」と言うと、ミユキちゃんは渋々、食べかけのクレームブリュレを持って奥に消えた。



「で、蔵ノ介がどうおかしいんや?」

『ご飯とか家事は、いつもどおりやってくれてるし、昨日の夜も血を吸いに行ったみたいなんだけど…』

「白石、家事もやっとるとね…」

『何か…元気ないって言うか、機嫌悪そうっていうか…』



叔父さんは千歳さんと顔を見合わせると、「そらアカンな…」と呟いた。



『え?』

「深刻な問題やで、それ」

『ど、どうすれば…』



まずそうな感じに言う叔父さんと、困った様な表情の千歳さんに、余程の事なのかと内心、焦ってしまって仕方ない。



「んー…そやな、丁度ええわ」

『…何が?』

「場所教えたるから、今からそこに行き」

『?』



叔父さんは千歳さんからメモ帳を借りると、簡単な地図と住所を書き始めた。



「ここに行けば蔵ノ介も居るはずやで」



□□□□□□



『ここは…お寺?』



叔父さんからもらった地図を頼りに来てみたが、地図に示されていた所にはお寺があった。
確認してみるが、ここで間違いないみたいだ。



『なんでお寺なんか…』

「何か用ですか?」

『あ、いえ……ひっ!?』



背後からの声に振り返ってみると、そこにはやけに大きくてがたいのいいお坊さんが立っていた。
その迫力に、驚いた拍子に声が漏れてしまった。



「お参りですか?」

『い、いや…あの…』



上手い言い訳が思い付かずにおろおろしていると、「名前ちゃん?」と聞き慣れた声がした。



『き、吸血鬼さん!』

「吸血鬼…?」

『…あっ、』



咄嗟に吸血鬼さんの事を呼んでしまい、訝しげな顔をするお坊さんに、しまったと息を飲んだ。



『あ、ああのっ…今のは違っ…』

「こちら、白石はんの知り合いか?」

「ああ、せやで」

『えっ?し、知り合い?』



近付いてきた吸血鬼さんにそう訊ねるお坊さん…親しげな様子に、また私が焦った意味はなかったみたいだ。



「俺が今、一緒に住まわせてもろてる子や。名字名前ちゃん言うんやで」

「そやったか…ワシは石田銀いいます。よろしゅう」

『よ、よろしくです…』



挨拶しながら合掌する銀さんに挨拶を返すと、吸血鬼さんは私に「なんでここに居るん?」と訊ねてきた。



『叔父さんに吸血鬼さんの事相談したら、ここを教えられて…』

「相談?」

『はい…飲み会の夜から、吸血鬼さんの様子が変だったので…』

「え?ああ…」



何だかばつが悪くて俯くと、吸血鬼さんの手には仏花があった。
『それ…』と呟くと、吸血鬼さんは銀さんにそれを差し出した。



「銀、頼むわ」

「任しとき。毎月毎月、熱心やな」

「熱心とか、そんなんちゃうわ」



それだけ言うと、「名前ちゃん、行こう」と先に門の外へと歩き出した吸血鬼さん。



『あ、あの、手…合わせないんですか?』

「ん?ああ…ええんや。行こう?」



早くその場から立ち去りたそうな吸血鬼さんに、私は銀さんに会釈だけして先に行った吸血鬼さんを追いかけた。



□□□□□□



お寺から出て、暫く沈黙が続いた。
が、それを破ったのは吸血鬼さんだった。



「…さっきの花な、」

『は、はい…』

「俺が吸血鬼になって、一番最初に血吸うて殺してもうた人に供えてもらったんや」



突然の告白に、言葉が詰まった。



『いきなり…重いお話ですね…』

「オサムちゃんから大体聞いとるんやろ?」



いつか叔父さんから聞いた吸血鬼さんとの出会い。
叔父さんと出会った時の吸血鬼さんは、酷く憔悴しきっていたと聞いた。



『大まかな事しか…』

「吸血鬼にされた俺は、吸血鬼の本能に逆らえなくて、一人の人間を殺してしまった…人間としての記憶も、理性も残ってた俺は、殺人を犯してしまった事を後悔した」

『…』

「いっそ、自分も死んでまおうかとも思った…」

『そんな…』



いつもの吸血鬼さんからは想像もつかないような話に、相槌すらもうてなかった。



「でも、でけへんかった…吸血鬼は余程の事や、自分で死のうとせな不老不死の身や。人を殺してまで生きて行かなアカンような、これからの吸血鬼としての人生に悲観しきってもうたんや」

『…』

「そして俺は、自分を吸血鬼にした奴を恨んで、そいつも殺してもうた」



その横顔に、いつもの優しい笑顔は無かった。



「自分で死ぬ事もでけへん、人間の血を吸う事もでけへん、それでも襲ってくる吸血鬼の本能、しかも二人も殺してもうた…もう、頭がおかしくなりかけとった時、オサムちゃんと会うたんや」



いつになくしんみりと語る吸血鬼さん。
一緒に住んでいる人が、二人の殺人を犯していたという恐怖よりも、悲しみの様な気持ちが胸を締め付ける。



「オサムちゃんには吸血鬼のルールを教えてもろたんやけど…」

『あ、それは聞きました』

「そうか…まぁそん時に、俺が殺してもうた人間に対する罪悪感に苛まれてて、ルールを破らん誓いとして、月命日には花を手向ける事を提案されたんや」



だから叔父さんは、吸血鬼さんがここに来る事を知っていたのかと、納得がいった。



「手を合わさんのは、吸血鬼は宗教の信仰が無いんや。生きてた頃には、少なからずあったんやけどな」



そう言いながらやっと笑った吸血鬼さんだが、やはり悲しげな色がうかがえた。



「…人殺しと一緒に住まれへんやろ?」

『え?』

「騙すつもりやなかったんやけど…騙す形になってもうたな、すまん」



「帰ったら、荷物まとめて出てくから…」と言う吸血鬼さん…出て行くという事は、記憶を消されると言う事…

吸血鬼さんを忘れると言う事…



『あ、あの…』

「ん?」

『私…大丈夫ですから』

「え…?」



やっと私の顔を見た吸血鬼さんは、急に慌てた様子で立ち止まり、私の顔を覗き込んだ。



「何泣いてるん…」

『え?』



やけに声が震えると思ったら、気付かぬ内に涙が零れていた。
私の肩に手を置き、もう片方の手で頬を包むように、親指で涙を拭う吸血鬼さん…



「…泣いてくれるんやな、」

『吸血鬼さんのせいです…』



泣き顔を見せまいと俯いた私は、声が震えないよう、少しだけ声を張った。



『勝手に出て行くなんて…許しませんから、蔵ノ介さん』





吸血鬼の過去





彼の冷たい手が物語る。



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くっつきはじめた感。


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