「いいわねぇ〜、合コン☆」
『合コンて…ただの飲み会らしいですよ』
「あら、みんなでお金を出し合ってやる親陸会をコンパって言うんよ?」
『じゃあ、今日のも合コンなんですね…』
金色先生の言葉に溜息を吐くと、「あら?テンション低いわね?」と首を傾げる先生。
ここは金色先生の研究室。
忍足くんとの待ち合わせ場所。
『私、お酒飲めないですし、合コンとかのノリってあんまり…』
「まあ、合コン自体が名前ちゃんのタイプじゃないわよね〜。断っちゃえば?」
『もうすぐで始まるんですよ?人数合わせで頼まれた訳だし、忍足くんに悪いです』
「ほな、乾杯だけして帰っちゃえばええやない」
『そのつもりです…ハァ、』
今日は溜息が止まらない。
頭の中が昨日の吸血鬼さんでいっぱいで、講義も耳に入らなかった。
「謙也くんも行くんやったら、この前渡した鎮静剤、いつでも出せるようにしといた方がいいわよ?」
『鎮静剤…あ、狼男の薬ですか?』
「そうそう、持ってる?」
『確かカバンに…あ、あります』
「謙也くんの事やから、ちゃんと飲むとは思うけど…」
「今夜は満月やからね」と言う金色先生。
研究室のカレンダーを見ると、今日の日付には満月の文字が書かれていた。
私は薬を上着のポケットに閉まった。
すると、ノック音の後に「忍足やけどー」と聞こえ、金色先生がドアを開けた。
「名字は…あ、もう来てたんや」
『うん、講義早く終わったから』
「そうなんか。そう言えば、蔵ノ介から聞いたんやけど、酒めっちゃ弱いんやって?」
『そ、そうみたいです…』
吸血鬼さんがわざわざ忍足くんに知らせてくれてたのを知ると、余計昨日の事が思い出されて、耳が熱くなった。
「ソフトドリンクでええから、最初の乾杯だけでも付き合ってくれるか?」
『私だけお酒じゃなくて、雰囲気悪くなりませんか?』
「大丈夫やろ…もしあれやったら、酒頼んで飲むフリだけしてくれれば、俺が飲んだるし」
忍足くんはそう言いながら時計を見ると、「そろそろ行かな」と言った。
その言葉に私も立ち上がると、金色先生が忍足くんを呼び止めた。
「忍足くん、今夜は満月やからね〜?」
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会場である居酒屋に着くと、既にみんな集まっていて、早速ドリンクのオーダーをしたのだが…
「え〜っ?私お酒弱いんだよね〜」とか言いながら、ジュースみたいなカクテルを頼む女の子達に、私だけソフトドリンクを頼める雰囲気ではなく、結局他の女の子と同じカシスオレンジにした。
乾杯はなんとかやり過ごしたが、私を助けてくれるはずの忍足くんはお友達に連れて行かれ、離れた所で飲んでいる。
『帰ろっかな…ハァ…』
「名前ちゃん、やったよな?飲まへんの?」
『え?あー…お酒、弱いんです』
「そうなん?具合悪なったら言いや?」
そう言いながら私の隣に座ってきた、少し長めの黒髪で眼鏡の男の人。
「俺、忍足侑士いうんやけど…」
『忍足…忍足謙也くんと兄弟ですか?』
「従兄弟や、イトコ」
どうりで忍足くんとは似てない訳だ…と、一人納得していると、じゃあこの人も狼男か?と疑問が湧いた。
「白石と同棲中なんやて?」
『あ、やっぱり吸血鬼さんの事知ってるんですか…』
「そらな…ちなみに俺は、狼男と吸血鬼のハイブリッドや。どっちかっちゅーと、吸血鬼寄りやけどな」
『へぇ…』
光くんや金太郎くんみたいな、人間との半妖は知っていたが、そういう異種同士の例もあるのかと驚いた。
「ま、男はみんな狼やけどな」
『…はい?』
「よく言うやん。名前ちゃんも気ぃ付けや?」
真面目そうな見た目で、急にそんな事を言われ、ポカンとしてしまったが、ハッとして反論してしまった。
『だ、大丈夫です。モテた事ないので…』
「嘘やろ?こないかわええのに、放っとく男なんて居れへんやろ」
『他の子の方が可愛いですし…』
「何言うてるん!少なくとも、今日のこのメンツでは名前ちゃんが一番やで?他の男共も名前ちゃん狙いみたいやしな」
ピンと来ない話だが、忍足さんが言うと嘘の様には聞こえなくて、なんだか気恥ずかしかった。
「それにしてもかわええなぁ…白石やったら、まぁしゃーないな」
『え…あっ、吸血鬼さんとは付き合ってませんからね!?』
「そうなん?ほな、俺と付き合わん?」
『なっ!?』
『からかわないでくださいよ』と、手元のドリンクを一気に飲んだ。
「あ、ちょ…酒弱いんじゃ…」
『…うぅっ、』
「おいおい、大丈夫かいな?」
喉を通ったアルコールに、カクテルを頼んだのを忘れていた。
カシスオレンジのジュースみたいな味に、一気に飲んでしまったせいか、一昨日はジワジワ回ったアルコールが、いきなり全身を襲った。
体に力が入らなく、後ろに倒れそうになるのを咄嗟に支えてくれた忍足さん。
その様子に、謙也くんの方が「名字!どないしたんや?」と近付いてきた。
『忍足くん…』
「顔赤…このカシオレ、飲んだんか?」
「いきなり一気してもうて…」
「侑士、無理矢理飲ませたんとちゃうやろな?」
「アホか、そない危ない真似誰がさせるか」
忍足くんは「すまんな」と謝りながら私の体を起こすと、ふらふらしている私に上着を着せた。
「とにかく、名字の事送ってくわ」
「一人で大丈夫か?」
「大丈夫や、名字の家で小煩いのが待っとるからな…」
みんなからの冷やかしを受けながら、私は忍足くんに支えられてお店を出た。
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『忍足くん…自分であるけます…』
「無理するんやない。そないふらふら歩いて怪我でもされたら、俺が蔵ノ介に怒鳴られるわ」
「ただでさえ酒飲ませてもうたのに」と、私を負んぶしながら言う忍足くんに、『ごめんなさい』と謝る。
暗くなった夜道は、なかなか寒い。
「ええんや。そばに居れへんかった俺が悪いんやから」
『そんな事…』
「でも、なんで一気なんかしたんや?」
忍足くんの広くて暖かい背中は気持ち良く、お酒でボーッとする体には心地よかった。
『忍足さんがやたらと私をおだてるので…そういうの慣れてなくて、お酒なの忘れて飲んじゃいました…』
「なら、尚更すまんな…俺が無理に頼んだから…」
『いえ…』
忍足くんの背中で揺られながら、飲み会の様子を思い出す。
『みなさん、楽しそうで…羨ましいです』
「え?」
『私、こんな性格だから、なかなかフレンドリーになれないし…ああやって騒ぐタイプでもないので…』
「そうかもなぁ…」
ペタッと忍足くんの背中に頭を預けるように、耳をあてると忍足くんの体温が外気で冷たくなった私の耳を暖めた。
『忍足くんは…どうして私と仲良くしてくれてるんですか?』
「ど、どうしてって…あの…」
耳に伝わる忍足くんの鼓動が、段々と速くなっていく。
「何や…名字って、しっかりしてそうで、取っ付きにくい感じやのに…意外と抜けてて、目が離せへんと言うか…」
『それ…吸血鬼さんも言ってました…抜けてるって』
「そうなんか?」
すると、突然ムカムカしてきて、『気持ち悪い…』と呟くと、忍足くんは慌てて立ち止まった。
「大丈夫か?一回降りよか?」
『うん…うぐ、』
「名字の家まではまだあるしなぁ…近くに俺んちあるから、水でも飲んで少し休むか?」
『休みたい…』
「わかった」と言う忍足くんは、背中から降りてふらふらする私を支えながら、自分の家へと向かった。
□□□□□□
「大丈夫か?」
『ん〜…』
忍足くんの部屋のリビングで水を貰い、ソファーにもたれかかって唸る私…
忍足くんは心配そうに私の背中を撫でる。
『少し…横になりたい…』
「ベッド貸そか?」
『ここでいいよ…んぅ…、』
忍足くんは自分が着ていた上着を、ソファーに横になる私に掛けると、カーテンを閉めようと窓際に立った。
「あ…うぅっ、」
『忍足くん…?』
カーテンも閉めず、呻きながらその場に膝を着く忍足くん…苦しそうにするその姿に、重い体を起こして近くに寄る。
頭を押さえて顔を歪める忍足くんの背中をさする。
『大丈夫?一回横になろう?』
「あ、ああ…」
辛そうに息の上がった忍足くんを支えながら、奥の部屋に誘導した。
電気の点いていない暗い部屋は、ベランダから射す月明かりで照らされていて、明かりが無くても大丈夫な程だった。
『忍足くん、とりあえずここに…きゃあっ!?』
ベッドに寝かせようとした瞬間引っ張られ、一瞬にして視界は天井と忍足くん…
私の上に乗った忍足くんに、ベッドに押し倒されたのだとわかった。
月明かりに照らされる忍足くんの辛そうな表情と、小鳥のような影がちらつく窓から見える満月…私は着たままだった上着のポケットに手を入れ、錠剤を取り出す。
「…アカン、」
『忍足くん…落ち着こう?』
「…俺、名字の事…ずっと…っ」
『ひゃっ!?』
私の首元に顔を埋めようとする忍足くんに、錠剤を飲ませようと手を伸ばしたが、簡単に手首を掴まれ、錠剤はどこかに飛んでいってしまった。
『や、やめっ…忍足くんっ!』
「ごめん、名字っ…」
『いっ…嫌っ!吸血鬼さ…っ!!』
はだけた胸元に忍足くんの手が掛けられた瞬間、必死に抵抗しながら思わず叫んだ吸血鬼さんという呼び名…
その瞬間、ベランダの窓が勢い良く開き、冷たい風と共に、コウモリをまとわせた人影が部屋に入ってきた。
「何やっとんねん、謙也…」
『吸血鬼、さん…』
「蔵ノ介…こ、これは…」
見た事の無い怖い顔をした吸血鬼さんは、黙って足元に落ちた錠剤を拾うと、私の上に乗ったままだった忍足くんの腕を掴んで立たせ、口に錠剤を放り込んだ。
薬を飲み込んだ忍足くんは、吸血鬼さんに押しやられるがまま、近くにあった勉強机の椅子に座ってうなだれた。
「名前ちゃん、大丈夫か?」
『は、はい…あの…』
「謙也は大丈夫や…そっとしとき」
ベッドから立てずにいる私の頬には、いつの間にか涙が伝い、その涙を拭う様に頬を撫でる吸血鬼さんの顔は、いつもの優しい顔だが、どこか辛そうに見えた。
「立てるか?」と手を差し出されたが、どうやら腰が抜けたらしい私を、軽々と横抱きすると、開けっ放しだったベランダに向かった。
「世話かけたな、謙也」
「帰るで」とだけ言い残し、私を抱いたまま吸血鬼さんは、ベランダから勢い良く飛んだ。
満月の夜
胸が、締め付けられた。
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謙也豹変。
字数が足りなくて、展開急すぎてすみません…
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