『と言う訳で、明後日私は飲み会なので晩ご飯は要りません』
「ふーん」
晩ご飯も食べ終わり、リビングで適当なテレビ番組を見ながら、私達はそんな会話をしていた。
吸血鬼さんはいつもの様にワインを傾けているが、いつもと違うのは私がこの話をし始めてから、態度も姿勢も悪い事…
『ふーんて…』
「その飲み会、男も居るんやろ?」
『男が居るって言っても、合コンではないみたいだし…忍足くんも居るから大丈夫ですよ』
「謙也ねぇ…」
今日、大学で忍足くんに飲み会に誘われた。
会場の居酒屋さんが、何人以上で何割引、とかのサービスをしているらしく、それには一人足りないらしい。
「嫌やったらすぐ帰ってもええし、家までちゃんと送るから」と頭を下げられ、そこまで言われては断る理由も無いので了承した。
「そもそも、名前ちゃんお酒飲めるん?すぐ帰ってもええ言うたかて、乾杯くらいはせなアカンやろ?」
『んー…成人式の同窓会で飲んで具合悪くなって以来、お酒飲んだ事ないので何とも…』
「とりあえず、自分の限度を知らんと…カクテルなんかは、ジュース感覚で飲めるから、知らん内に飲み過ぎたりするしな」
そう言いながら、吸血鬼さんが立てた人差し指を軽く振ると、ワインの入ったグラスが私の前にフラフラと浮かんできた。
それを受け取ると、吸血鬼さんは自分のワインを一口飲んだ。
「試しに一口飲んでみ?」
『ワインですか…』
ワインは飲んだ事が無かったが、吸血鬼さんがいつも美味しそうに、結構ガブガブと飲んでいるのを見ているせいか、自分でも飲める気がしていた。
吸血鬼さんに目線で促されるまま、一口飲んでみた。
『ん…』
「どうや?」
『…渋い、』
ワインの原材料の葡萄のイメージから、もっとフルーティーな感じを想像していたが、思いの外渋くて、慣れないアルコールは辛く感じた。
吸血鬼さんは、顔をしかめる私を笑った。
「名前ちゃんにはまだ早かったかな?」
『…吸血鬼さん、たまに私の事子供扱いしますよね』
「んー…まぁ、俺からしたら子供やで?年齢的に」
『…』
見た目だけは同世代なせいか、子供扱いするような口振りにムカッときた。
ムカついた勢いで、グラスのワインを一気に飲んだ。
「ちょ…あんま無理せえへん方が…」
『…うえ、』
「ほら、言わんこっちゃない…名前ちゃん、大丈夫か?」
吸血鬼さんはソファーにうずくまる私の隣に座ると、私の背中を撫でた。
『うぅ…』
「とりあえず、水飲もか…」
吸血鬼さんがまた指を振ると、冷蔵庫が勝手に開き、中からミネラルウォーターのボトルが宙に浮きながら手元に来た。
キャップを開けてくれた吸血鬼さんから水を受け取り、冷たい水を飲む。
ボトルをテーブルに置くと、フラフラする私を、吸血鬼さんは膝の上に寝かせた。
『んん〜…』
「名前ちゃん、めっちゃ酒弱いな」
『ああ〜…手がふらふらする…脚ももやもや…』
「酒回るん早すぎやろ…免疫無いんか?」
吸血鬼さんは苦笑いしながらも、心配するような声のトーンで、膝の上の私の頭を撫でた。
『きゅーけつきさん…』
「なん…や…」
『きゅーけつきさんの手、気持ちいいね』
「そ、そうか…」
頭を撫でる吸血鬼さんの手を取り、自分の頬へと寄せた。
吸血鬼さんの手は冷たくて気持ちが良くて、首の方へと滑らせると、戸惑った様な吸血鬼さんの声が、何故か面白く感じた。
「…な、なぁ名前ちゃん…」
『なんですか?』
「あのー…そろそろ、名前で呼んでくれへんかなぁ…なんて、」
『よんでるじゃないですか、名前ちゃんて』
「いや、そうやなくて…」
アルコールが効いてきたのか、何だかふわふわした気持ちになってきた私。
「蔵ノ介、って呼んで欲しいんやけど…」
『…』
「嫌やったら別にええんやけどな?古臭い名前やし、読み方も長くて呼びにく
『蔵ノ介…』
「っ!」
そう言えば、吸血鬼さんの名前は蔵ノ介だった。
渋い名前だと思っていたが、吸血鬼さんの顔を見ながら声に出して呼んでみると、寧ろ蔵ノ介という名前の吸血鬼さんが可愛く思えてきた。
『蔵ノ介かぁ…』
「は、はい…」
『クラリン』
「その呼び方はやめ
『くーちゃん』
「な、名前ちゃん?」
戸惑った吸血鬼さんの様子が可愛くて、膝枕のまま吸血鬼さんのお腹に顔を埋めた。
『んふふ…きゅーけつきさん、かわいい』
「ちょっ…」
吸血鬼さんのいい匂いを深く吸い込むと、気持ちが落ち着いて、今度は頭がぼーっとして来る。
「あ、あの…」
『んー…』
吸血鬼さんの声が段々と遠退いていき、私は意識を手放した。
『…』
「…結局、"吸血鬼さん"か」
□□□□□□
『う゛ぅ〜…』
「大丈夫か?」
『頭が…痛い…』
「無理して一気に飲むからや」と、ホットミルクを持ってきた吸血鬼さん。
いつも吸血鬼さんが寝ていたソファーに横になる私は、唸るように言い返す。
『すすめてきたのは吸血鬼さんじゃないですか…』
「俺はどれくらい飲めるのかを確かめたかっただけなんやけど…思いの外弱すぎて、ビビったわ…」
『あ゛あ〜…頭に響く…』
「ハァ…とりあえず、これ飲んどき」
今朝、目が覚めると物凄い気だるさを感じた。
重い体を起こそうとすると、途端に頭痛に襲われ、ベッドから出れなくなった。
これが二日酔いか…
とてもじゃないが、こんな状態では勉強どころではないので、今日は一日休むことにした。
吸血鬼さんから受け取ったホットミルクを飲もうとしたが、そのまま吸血鬼さんに返した。
『熱くて飲めない…』
「子供か」
『猫舌なんです…うぐ…』
「しゃーないな、冷ましとこか」
吸血鬼さんがテーブルにマグカップを置くと、インターホンが鳴った。
インターホンの音に顔をしかめる私の代わりに、吸血鬼さんが出ると、訪問者はどうやら千歳さんらしかった。
『千歳さんですか…?』
「せや。ちょっと頼み事しとってな…」
『そうですか…』
「大丈夫、家ん中には入れへんから」
そんな事を言ってる家に、吸血鬼さんは何かを察したのか玄関に向かうと、ちょうど千歳さんが来た所だった。
玄関の方から聞こえてくる二人の声。
二人は手短に話を終わらせると、吸血鬼さんがリビングに戻ってきた。
「名前ちゃん、これ飲み」
『薬…ですか?』
「俺が千歳に頼んで調合してもらった、二日酔いに効く薬や。千歳のまじない付きやで」
『おまじないとか言われると、一気に胡散臭くなりますね…』
「まあまあ、効き目は抜群やから」
そう言いながら、テーブルの上のボトルの水をコップに注ぎ、薬包紙に包まれた薬を置いた。
薬を飲もうと重い体を起こそうとすると、背中を支えてくれる吸血鬼さん。
薬を水で流し込んで、ソファーの背もたれに背を預けた。
「効いてくるまで休んどき?」
『はい…』
吸血鬼さんも私の隣に座ると、私の頭をポンポンと優しく撫でた。
すると、昨夜の事がうっすらと思い出された。
『そう言えば…どうやって着替えさせたんですか?』
「ん?」
『これ』
私が今着ているパジャマの裾を摘むと、吸血鬼さんは気まずそうに視線を逸らした。
「いや、あの…」
『…もしかして、吸血鬼さんが…?』
「わ、悪いけど、下着は見てもうた…すまん」
そう言って謝る吸血鬼さん。
だが、パジャマの中はノーブラ…下着だけ、とはどういう事かと黙って吸血鬼さんを睨むと、途端に慌て始めた。
「ほんまに中身は見てへんで!?」
『じゃあどうやって…』
「ど、どうって…」
吸血鬼さんは少し躊躇したみたいだったが、私の腕を掴んで引っ張って体を起こさせると、そのまま私を抱き締めた。
「こう…?」
『き、聞かないでくださいよ…』
「まあ、こうして…脱がしてやな…」
『実演しなくていいです!っ…あぁ、痛い…』
「だ、大丈夫か?」
確かにこれなら見えないはずだが…と思っていると、胸の辺りでごそごそし始めた吸血鬼さん。
思わず声を上げると、自分の声が頭に響いた。
こめかみをおさえて顔をしかめる私の肩を押して、顔を覗きながら頭を撫でる吸血鬼さん。
『わ、割れる…』
「…名前ちゃん」
『何…っ!?』
名前を呼ばれ、俯いた顔を上げると、迫ってくる吸血鬼さんの顔。
反射的に首を引っ込ませて目を瞑ると、おでこに柔らかい感覚…
『…っ、』
「…これでもう大丈夫や」
『え…?』
おでこにキスされていると理解する瞬間、唇が離れていった。
綺麗な唇に見取れていると、吸血鬼さんに微笑まれた。
「もう痛ないやろ?」
『え…あ、ほんとだ…』
そう言いながら私のおでこを人差し指の先でツン、とつつく吸血鬼さん。
言われてみると、いつの間にか苦しまされていた、重いような締め付けるような痛みは無くなっていた。
吸血鬼さんは私の髪を優しく梳くように撫でながら、先程みたいに抱き締めると、耳元に唇を寄せた。
「名前ちゃんの痛いの、食うたった」
『っ…』
色っぽい声が、吐息と共に直に耳に響き、吸血鬼さんに初めて血を吸われた時の様な…そんな快感に似た感覚が、体を震わせた。
吸血鬼さんがそんな私を笑っている様な気がして、私は顔を俯かせて吸血鬼さんの胸に額を押し当てる。
『…ありがとう、ござい…ます』
葡萄酒に溺れて
揺らいだ。
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ハロウィンまで完結できない…
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