「ふあぁ…あーねむ…」
「何や謙也、寝不足か?」
朝練も終わり、制服に着替えた俺らは部室を出て、校舎へと向かっていた。
隣を歩く謙也の大きなあくびに、こう訊かない訳にもいかなかった。
「ちょっとな…今やっとるロープレ、なかなか区切りのええとこまで行けへんくてな…」
「ゲームかいな…ゲームで夜更かしやなんて、不健康すぎるわ」
「クリアしたら貸そか?慣れると意外とハマるで」
「気長に待っとるわ」
そんなたわいもない会話をしていると生徒用玄関が見えてきた。
「あー…これ絶対、授業中寝るわ…」
「適当に言うて、保健室で寝た方がええんちゃうか?」
「せやなぁ…1時間くらいガッツリ寝とこうかな…ふあぁ…」
玄関に入り、靴を履き替えながらまた大きなあくびをする謙也。
その様子を見ながら呆れていると、俺が向いている方とは逆の腕をツンツンされた。
「ん?あ…」
振り返ると、小柄な女子生徒が俺の腕をつついたらしい人差し指を引っ込めながらにこりと笑った。
『白石先輩、おはようございます』
「あ、ああ…おはようさん、名字さん」
俺の陰になって見えへんかったのか、名字さんに気付いた謙也が「誰や?」と俺の顔を見た。
「名字さんや。保健委員で一緒やねん」
「へぇ〜、そなんや…2年?」
『はい、財前くんと同じクラスですよ』
「ほぉ、財前か…ふーん、財前ねぇ…」
「すまんな、名字さん…こいつ寝不足で今ちょっと頭おかしいねん…」
『は、はぁ…』
困った顔で眠そうな謙也と、呆れて溜め息を吐く俺の顔を交互に見る名字さん。
そういえば…と、名字さんに訊ねた。
「何か用あったんちゃうん?」
『え?ああ、そうでした…あの、これ…』
「ん?」
改まった様子で俺に差し出してきた名字さんの手には手紙らしき封筒が…
両手で持たれたそれは、女の子らしく可愛らしいデザインで、まるで恋文を思わせるかの様な展開。
ま、まさか…と思いつつも、急な展開に緊張のせいか体温が上がって、手には若干の汗が…
「あの…これって…」
『先輩に受け取って欲しいんですけど…』
「…俺に?」
名字さんが少し困った様な微笑を浮かべながらチラリと見やった先を辿ると、知らない女子生徒が3名程こちらを見ていた。
俺と目が合うと、途端にキャーキャーと騒いでどっかへ走り去ってしまった。
直感的に、これは名字さんからではなく、今逃げていったあの3人のうちのどれかからやと感じ取った。
「おー、モテる男は大変やなぁ」
「謙也、やめ
「で、ラブレターとかいう奴か?これ」
『そうなるでしょうね』
『受け取ってください』と、今さっき走っていった名字さんの友達が書いたのであろうラブレターを、更に突き付けられる…
「あー…こういうんは、ちょっと…」
『受け取るだけでええんですけど…』
『無理ですか?』と困ったような上目遣いで俺を見上げる名字さん…そないな目されても、こっちが困る。
「…ハァ、…わかったわ」
『え?』
「受け取るだけやで?」
『あ、ありがとうございます!』
まるで自分の事の様に、嬉しそうな笑顔でお礼を言う名字さんに、少しだけ顔が緩んだのがわかった。
『ほな、私はこれで』
「ああ…」
可愛い笑顔で、さっき友達が逃げていった方へと走っていった名字さんの背中を見送ると、隣で眠たそうな目を俺に向けた謙也。
「ラブレター貰うくらいええやん」
「何がや?」
「なんで嫌がんねん。どうせお前、彼女居らへんのやし、貰うだけならええやんか」
「まあなぁ…」
そう言いながら近くにあった自販機で飲み物を買う謙也は、微妙な反応の俺に怪訝そうな顔をした。
「そういやお前…さっきの子に対する態度、ちょっとおかしかったで?」
「そ、そうか?」
「苦手なんか?」
階段を登り、自分達の学年の階の廊下を並んで歩く。
先程から曖昧な返事しかしない俺に苛つき始めたのか、謙也の口調が強くなる。
「何やねん、さっきから…何かあるんか?」
「んー…この際やからハッキリ言うわ」
「おん」
やっと白状するか…と、自分の席に着いた謙也は、自販機で買ったばかりのペットボトルのキャップを開こうと手を掛けた。
「実はな…」
「んー?」
「恋かもしれへん」
「おー………は?」
自分の席で両肘をついて、至って真面目に打ち明けた俺。
訊ねてきた謙也本人は固まり、俺ら二人の間に暫しの沈黙が訪れた。
「…恋?」
「ああ、色恋の恋や」
「…はああああああ!?」
「っ…やかましい」
「せやかてお前…」と言葉にならない謙也は、勢いで机に零れたペットボトルの中身を慌てて拭いた。
「お前が恋やなんて…」
「何やねん、俺が人を好きになったらおかしいんか?」
「いや、おかしないけど…なんちゅーか、今まで恋愛とか、興味なさそうやったやんか、自分」
「それは…気に止まる様な子との出会いが無かったからや」
頬杖しながら溜め息を吐く俺に、未だ目を丸くさせる謙也。
「好きなんやったら、なんであないな態度取るんや?」
「…ほな自分は、片想いの女の子を目の前に平常心を保っていられるんか?」
「あー…それは難しいかもしれへんな」
「そういう事や」
納得した謙也は「我等が聖書の白石様も、人間らしい所あるんやな」と、零れて既に量の減ったペットボトルを口につけた。
「せやからさっき、あの子の友達からのラブレター受け取るん渋ったんか」
「好きな子経由で違う女の子からのラブレターを渡されるなんて…キツいで」
「せやなぁ…本命からは何とも思われてへんっちゅー事やろうしな」
「…」
「す、すまん…今のはただの憶測や…」
「恋愛未経験者の戯言として聞いてくれ」と焦る謙也。
俺は盛大に溜め息を吐きながら机に突っ伏すると、さっき受け取った手紙を眺めた。
「謙也の言うとおりや…俺がこれ受け取った時の名字さんの顔見たか?自分の事の様に嬉しそうやったやんか…」
「そういえばそやったな…」
「自分の友達と俺がくっつくんがそない嬉しいんやで?名字さんからしたら、俺なんて恋愛対象外やん…あー、キッツ…」
「とりあえずそれ、読んでみたらどないや?」
手紙を指差す謙也の言葉に、どうせ想い人からの手紙でもあるまいし…と、封筒から便箋を取り出した。
「…」
「…」
「…」
「…なんて?」
「うん、ラブレターや」
「差出人は?」
「そういやどこにも名前書いてへんな…」
便箋や封筒の裏表を確認するが、どこにも名前らしきものは見つからない。
「どうやって返事すんねん」
□□□□□□
差出人の書かれていない手紙。
仕方なく、これを渡してきた名字さんにどうすればいいのか訊くべく、放課後の玄関で名字さんを待つ事にした。
名字さんのクラスの靴棚の前…傘立ての縁に腰掛けて、今朝貰った手紙を読み返す。
可愛らしいが、綺麗で読みやすい字の羅列を目で辿る。
(これが名字さんからやったらええのに…)
そんな事を考えていると、自然と溜め息が漏れた。
『あれ?白石先輩?』
「え?あ、名字さん…」
その声に振り向いてみると、自分のローファーを持った名字さん。
俺の手元に気が付いたのか、『それ…』と言いながら靴を履いた。
「あー…これ、差出人の名前無いねんけど…」
『えっ?嘘…ほんまですか?』
「どないすればええんかな?」
俺は何故、好きな女の子にこないな事を訊いとるんや…虚しい。
そう思うと、また溜め息が出た。
『…やっぱり、迷惑でしたか?』
「え?」
『それ』
名字さんが指差す先には手紙…その表情は申し訳無さそうに、眉尻が下がっている。
「迷惑ではないけど…うーん…どう返事したらええのか、それは悩むわ」
『どんな返事するつもりなんですか?』
「えっ?」
そう言いながら俺の隣に腰掛ける名字さん…
俺の視界には俺の膝と、スカートの裾から伸びる白くて細い、名字さんの膝…今までに無いこの至近距離に、急に脈が速くなった。
『どうせ知る事になるなら、今聞いても同じですし』
「まぁ…よう知らん相手やし、断ろうかとは思ってる」
『そうですか…』
名字さんの横顔を覗く様に、チラリとうかがってみると、残念そうに足元に視線を落としていた。
「…なぁ、」
『はい?』
「俺が断ったりして、気まずなったりせえへんか?」
俺と目を合わせる名字さんに、つい視線を逸らしてしまった。
名字さんは少し間を置くと、『ああ、』と理解したように続けた。
『ちょっと…マズいかもしれませんね…』
「え、ほんまか…」
『私、先輩と同じ委員会やし、そこそこ仲ええし…』
名字さんと手紙の差出人の仲がどうなるよりも、名字さんが俺との関係を"仲がええ"と思っていてくれた事が嬉しい反面、その度合いが"そこそこ"なんやっちゅー事が少しばかり悲しかった。
「ほな、どないしたら…」
『まあ、嘘ですけどね』
「…はい?」
『なんでそないな顔するんですか…先輩は、私の為に好きでもない子と付き合うんですか?』
「い、いや…それは無いけど…」
名字さんが言うた事を、一瞬でも考えてしまった俺は、"私の為に"と言う言葉に胸が痛んだ。
それは手紙の差出人にも悪いし、名字さん達の仲を壊す事にもなる…
好きだからと言って、なんでもしていい訳ではない。
『ほな先輩、』
「え?な、何や?」
くるっとこちらを向いた名字さん。
反射的に俺も振り向くと、微笑む名字さんと正面から目が合った。
『もし、その手紙の差出人は私です、言うたら…』
「…」
『どうします?』
時間が止まった気がした。
「え…あ、の…それも、嘘?」
『それは先輩の答えによります』
名字さんの表情は、微笑んではいるが到底、冗談を言っている様には見えない。
柄にもなく、緊張で手が震える…手に力が入らない。
「なんや…それ、」
『…』
名字さんの顔を見ていられなくて、膝に肘をついた手で顔を隠すように俯いた。
それに、熱を持った顔を見られたくなかった。
「あーもう…ほんまかいな…」
『…ごめんなさい』
「え…あ、ちゃうちゃう!」
悲しげな顔をして謝る名字さん。
俺は整理できてない頭のまま、とにかく誤解を解こうと、思い付く言葉を並べる。
「まさか、この手紙…名字さんからとは思わへんくて…」
『はい…』
「あの…何て言うんや…気持ちの整理っちゅーか…腹括ってへんっちゅーか…」
『…』
急な展開に、混乱していくばかりの俺…
上がっていくばかりだった体温が、何故か血の気が引くように下がった。
冷静になった気がして、屈めていた体を起こして、肩の高さににある名字さんの顔を見下ろした。
「…正直、この手紙が名字さんからやったらええのに思ってた」
『ほな…』
いつの間にか、名字さんの顔は耳まで真っ赤になっていた。
「俺も名字さんの事好きや…言うたら、さっきの答えはどうなりますか?」
From whom?
『私が、書いた手紙…です』
「ほんまか…てっきり遠くで見とった友達の誰かかと…」
『ひ、一人で渡すん…恥ずかしかったから…』
「勘違いしとった俺の方が恥ずかしいんやけど…」
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蔵誕企画の瑠璃さんからのリクで、へたれ白石で後輩夢主設定でした。
遅くなってしまいすみません!
待たせた上にこのオチ…落ち無し山無しとはまさにこれ。
タイトルもヤケクソ…orz
通りすがりでリクしてくださったみたいなので、もしかしたらもう見てないかもしれませんが、瑠璃さんにお贈りします(^ω^)
リクエストありがとうございました!
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