「あん?名前はどこや?」
天気のええ今日は春の陽気を通り越して、長袖やと暑い位の気温と日差し…
部活をやるには気持ちのええ天気。
しかし、部活中の俺らテニス部の中に、名前の姿が見えない。
「さっきまでそこで謙也と打ってたやん」
「なんや、また行方不明か?」
部活中に名前が居なくなるのはよくある事で、大抵は誰かに聞けば行方はわかる。
ベンチに座ってスポドリを飲む謙也に顔を向けると、携帯をいじっていたらしく、こちらに気付いて顔を上げた。
「謙也、名前は?」
「あー、ガット切れた言うて部室にラケット取りに行ったで」
「それにしては遅いけどな…」と、コートを囲う金網越しに周りを見渡す謙也。
時計を見ると、もうそろそろ部活も終わる時間…とりあえず迎えに行ったろうと、俺はコートから出た。
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コートから出てすぐの所に部室はあり、捜す事もなく、部室の真横に名前の小さな背中を見つけた。
ラケットを地面に放り、しゃがんで地面で何かをしているらしい後ろ姿にそっと近付いた。
「何やってるんや?」
『ひっ!?』
ビクッと肩を揺らした名前はこちらに振り向き、『びっくりした…』と笑ってみせた。
俺もその隣に並んで同じ様にしゃがむと、目の前にはクローバーが生い茂っていた。
「四つ葉のクローバーでも探しとったんか?」
『え?ようわかったね、蔵さん』
目を丸くさせる名前。
四つ葉のクローバーを探すなんてベタやし、乙女チックで分かり易すぎる…が、幸せのクローバーを探していたのを咎めるのも気が引けて、「まあな」とだけ返した。
「見つかったか?」
『うん』
『ほら!』と見せてきた名前の左手には、いくつかの四つ葉が摘まれていた。
「そんなに見つけたんか?」
『うん、意外とあるもんやで?』
「そうなんか…でも、そない摘んでどないするん?」
まだ探そうとする名前に、頬杖をついて訊ねる。
『ん〜…みんなにあげようと思って…』
「みんなって、テニス部のか?」
『うん』
「でも、40人以上居るで?」
『流石にそんだけ見つけるんは無理やから、せめて試合に出るレギュラーにだけでも…なんて思って』
「ああ、そういう事な…」
『まだ5つしか見つけてへんねん…』とクローバーの茂みを見つめる名前。
俺もなんとなくチラリと見てみると、パッと目に入ったクローバー…
「あ、あった」
『え、ほんま?』
「おん…ほれ」
『ほんまやー』
見つけた四つ葉を摘んで名前に渡すと、左手のクローバーの束に加えた。
不思議なもので、一つ見つけるともう一つ探してしまう。
『これで6つやから…あとは3つや』
「みんなにあげるって、押し花にでもするんか?」
『んー…押し花にして、樹脂で固めてストラップの紐でも付けようかな』
「意外と本格的にやるんやな…おっ、またあったで」
四つ葉のクローバーを探すのなんて、いつ振りやろう…最後の記憶なんて、一緒に居った友香里がもっと小さかった時だった気がする。
『蔵さん、クローバーの花言葉って知っとる?』
「花言葉?クローバーやし、"幸福"とかとちゃうん?」
『幸福は四つ葉の花言葉やねんで』
「え、葉っぱの数で違うん?」
『うちもよう知らんけどな…』と手探りで四つ葉を探しながら名前は続けた。
『クローバーを代表する花言葉は"復讐"らしいで…8つ目みっけ』
「怖っ!」
『色によって違うらしいわ…シロツメクサは"約束"とか"私を守って"とかで、アカツメクサは確か…"勤勉"とかやったかな?』
「へえ〜、そなんや…色によって違うとか、知らんかったわ」
俺も同じように手探りしていると、左手が名前の右手とぶつかった。
「ほな、自然界の四つ葉の確率ってどれくらいか知っとるか?」
『んー…百分の一くらい?』
「そんなん全然やで。十万分の一や、十万分の一」
『えーっ?嘘やんそんなん、だってここだけでこんなに見つけたで?』
「たぶん俺らの全国優勝への意気込みが、クローバーさんにも伝わったんやろなぁ…うん」
『何適当な事言うてるん』
そう言いながら笑う名前は、『あ、あったあった…』と9つ目のクローバーを摘み取った。
『これでレギュラーの分採れたわ…』
「お前らこないな所で何しとるんや?」
背後から掛けられた声にハッとして振り返ると、テニス部のメンバーが俺らを見下ろしていた。
「あと少しで部活終わるからって、こないな所で堂々とサボリか、ああ?」
「いや、俺は名前を呼びに…」
「とか言って、ほんとは名前ちゃんとイチャイチャラブラブしたかっただけのクセにぃ〜っ☆」
「こんなんで全国ベスト4入りしたんが驚きッスわ…」
『あれ?部活終わったん?』
「とっくに片付けも終わってるわ」
『あー…』
気まずそうに視線を逸らす名前と、「すまんな」と謝る俺に呆れたような視線を向けるメンバー…
俺と名前のラケットやタオルやらの私物を持ってきてくれたらしく、それを受け取るとユウジが名前の手元を指さして訊ねた。
「名前、なんやそれ」
『え?ああ、これな…四つ葉のクローバーやで』
「四つ葉のクローバー摘み?そない乙女チックな事、なんでアタシを呼んでくれなかったのよぉ〜っ!」
「四つ葉って、こないぎょうさん生えとるもんなんや?」
光がそう言いながら名前の手からクローバーを一つつまんで、指先でくるくるしながら眺める。
『いっぱいあったから、みんなにあげようと思って。ちゃんと加工したらあげるわ』
「なんや、名前もええとこあるやないか」
『え、健ちゃん何?その言い方…それやまるでうちが性格悪いみたいやんか。そういう事言うと、健ちゃんにだけあげへんで?』
「そ、そういう意味ちゃうわ!」
名前に睨まれて焦る小石川を置いて、俺らは着替えるべく部室に入った。
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数日後…
部活も終わり、いつものように蔵さんと一緒に帰っていた。
ガットの張り替えに出していたラケットを受け取りに、スポーツ用品店に寄っただけで、いつもと変わらない帰り道。
「そういえば、クローバーの押し花できたか?」
『うん。あとは樹脂で固めるだけやで?』
「そうか…所でな、」
『ん?』
何やら改まった様子の蔵さんに、その横顔を見上げて小首を傾げた。
「あのクローバー、レギュラーの分だけ言うてたやん?」
『うん、そやけど?』
「そしたら、9つやと足りひんやんか」
『え…』
数え間違いをしただろうかと、オーダーに組まれるレギュラーの名前を読み上げながら、指を折って数える。
『蔵さん、謙也くん、小春ちゃん、ユウくん、銀さん、財前、ちぃ先輩、金ちゃん…あれ?8人?』
「小石川忘れとる」
『あ、健ちゃん…ん?9人で合うてるやん?』
クローバーを摘む時も、間違えないよう指を折って数えたんや…間違えるはず無い。
『もしかしてオサムちゃんの分?』と訊くと、蔵さんは「あー…」と乾いた笑顔を明後日の方向へと向けた。
「オサムちゃんかぁ…忘れとったわ」
『え、可哀想…』
「いや、自分かて忘れとったやろ」
『そうなんやけど…ほな、誰の分が足りひんのん?』
オサムちゃん、悲しむやろなぁ…ああ見えて、意外とナイーブな所あるから…
そんな事を頭の片隅で考えながら、蔵さんに答えを訊ねると、徐に立ち止まった蔵さんは私の方を向いて顔を近付けた。
「ほな、自分は試合に出えへんのんか?」
『え?』
思わず顔を引くと、「ミクスド、今年も俺と出るんちゃうんか?」と、少しムスッとした顔で言う蔵さん…
『で、出るけど…ミクスドは団体の勝敗に関係ないやんか…』
「アホ」
『痛っ!?』
「出るからには勝たなアカンやろ?」
不意にデコピンされ、痛む額を押さえて痛がっていると、蔵さんが鞄の中から一冊のノートを取り出した。
「ほれ」
『何…あれ?』
開いたノートを私に向けると、そこには綺麗に出来上がった四つ葉のクローバーの押し花…
『蔵さんがやったん?』
「せや。かわええ相方の為にな」
『え?』
「ミクスドは関係無いとか言うんやったら、女テニのお前が男テニのレギュラーにお守り作る意味無いやろ」
『ま、まぁ…』
「それにな…言うたやろ?次こそ、名前とのペアで全国優勝するて」
「せやから自分のも作っとき」とノートを閉じた。
あの日の後、一人でクローバーを探して押し花にしている蔵さんの姿を想像したら、なんだかかわええ気がして笑ってしまった。
「何笑てんねん…」
『いや…嬉しくて、ふふっ』
「何やねん…あ、あとな」
私につられたのか、蔵さんも少し笑い声をこぼすと、何かを思い付いたらしく付け足した。
「四つ葉のクローバーの花言葉、"幸福"のほかにもう一つあったで」
『そうなん?』
「まあ俺的には、今更こないな花言葉に頼らんでもええんやけどな」
『え?何々?』
「教えて欲しいか?」と訊かれ、うんうんと頷くとクローバーの押し花が挟まったノートを私に渡してきた蔵さん…
「"私のものになって"、らしいで」
二人っきりで幸せ探し
『クローバーの花言葉が"復讐"っちゅー意味、なんとなくわかったわ』
「ん?」
『クローバーはきっと、嫉妬深い女の子なんや』
「なんや、名前は妬いてくれる程、俺の事好きなんか?」
『浮気でもしたら相手の女諸共、どないな復讐するかわからんで?』
「浮気なんて絶対せえへんけど、その笑顔が怖いわ…」
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umaさんからのリクで、連載の甘夢でした。
お待たせしてすみません…orz
そして甘になってなくてすみません…私はとことん、甘夢向いてませんね(д)
クローバーネタは、某SNSの新テニゲームのイベントからです。
U-17合宿で中学生組が草むしりを命じられて、四つ葉のクローバー探したに発展…という内容。
ああ…早く新テニの時間軸まで連載進めたいです…
全然甘くない、寧ろ二人で部活さぼってるだけのお話になってしまいましたが、umaさんに贈らさせてもらいます\(^^)/
リクエストありがとうございました!
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