『う〜っ…』
鞄を頭上にかざし、強い雨の中を走る。
辺りが霞んで見える程の雨に、思わず声が出てしまう。
『なんで急に雨なんか…うう』
兎に角、雨宿りをしようと、駅の駐輪場の屋根の下に入った。
停めてある自転車は少なく、もう一人学生が雨宿りをしていた。
「…ん?あれ…名前ちゃん?」
『え…あ、きっ…きき貴澄くん!?』
「やっぱり名前ちゃんか〜、似てると思ったんだよね」
先日、中学校以来の再会をしたばかりの貴澄くん。
私の一つ上で、私の幼なじみの真琴と同い年。
「凄い雨だよね…びしょ濡れだけど、大丈夫?」
『だ、大丈夫…貴澄くんも雨宿り?』
「そう、雨宿り。弟迎えに行くにはまだ早いしね」
『そっか…』
雫を垂らす前髪を絞りながら、チラリと横目で貴澄くんを見る。
まこちゃんに負けず劣らずの、身長と逞しい身体…雨に濡れた髪が、少し色っぽい。
そんな貴澄くんに見とれていると、切れ長な目と視線がぶつかった。
『っ!?』
「何?僕の顔に何か付いてる?」
『な、何でもないよ…っ、…くしゅんっ』
慌てて否定しようとすると、くしゃみが出てしまった。
貴澄くんは「大丈夫?」と、心配そうに私に近付く。
『ちょっと寒くなってきたね…』
「制服も濡れてるし…あ、」
『ん?』
「い、いや…何か、羽織る物とかある?」
急にしどろもどろになって、私から視線を外す貴澄くん…心なしか、顔が赤く見える。
何事かと視線を自分の体に向けると、濡れた制服が体に貼り付き、下着が透けて見えていた。
運悪く、今日は濃いめの色…いつもは着ているベストも、日中暑かったせいで学校で脱いでいた。
『っ…いっ今、何か着るから…』
そう言いながら、鞄の中からベストを出そうと探してみるが、それらしき物が見つからない…
『な、無い…学校に忘れて来ちゃったのかも…くしゅんっ』
「じゃあ…これで良かったら着て?」
『え?』
貴澄くんは自分の鞄から出したジャージを、私に差し出した。
「学校のジャージなんだけど…」
『いいの?』
「名前ちゃんにそんな格好させとく訳にはいかないしね」
そう言いながら、広げたジャージを私の肩に羽織らせる貴澄くん…ふわっと香ったいい匂いと、貴澄くんとの距離に、脈が強く早くなる。
『あ、ありがとう…』
「気にしなくていいよ」
『あ、あの…ごめんね?』
「え?何が?」
袖に腕を通すと、指先がやっと見える位に大きいジャージ。
中学の時より開いた体格の差を感じた。
謝る私に、首を傾げる貴澄くん。
私は顔が熱くなるのを感じながら、視線を泳がせる。
『へ、変なもの見せちゃって…』
「変なもの…え?あ、いや…全然変じゃないでしょ。似合ってると思…あっ、」
『…へ?』
「ごめん、僕の方が変な事言った…」
顔を逸らしながら、片手で表情を隠す貴澄くん…赤い耳が貴澄くんの今の顔をうかがわせる。
『だ、大丈夫だよ…』なんて言う私も、恥ずかしいやら何やらで、地面に視線を泳がせるばかり。
『…』
「…」
気まずい雰囲気が流れ、お互いに沈黙を破れずにいると、雨が一気に強さを増した。
激しく降る雨で、頭上の屋根は煩く音を立て、辺りは地面に叩きつけられる雨粒の飛沫で白く霞む。
『凄い雨…』
「止むかな、これ…」
少し声を張らないと、雨音にかき消されてしまう程の雨。
そのせいか、空気がひんやりとしてきた感じがして、腕をさする。
『雨強すぎて、ちょっと怖……』
「…名前ちゃん?どうしたの?」
『い、嫌!やだやだやだ、こっ来ないで!!』
「うわっ!?」
パニック状態の私は、咄嗟に貴澄くんの腕を掴み、しがみつくように盾にした。
「え…ちょっ、名前ちゃん?」
『かっかかっかえる…』
「帰る?まだ雨、こんなに酷いのに?」
『違っ…あれ見て…』
何が何だかわからない様子の貴澄くんは、私の指差す方を見ると、「ああ…」と納得したように私の肩に手を置いた。
「なんだ、蛙の事かぁ…何事かと思ったよ」
『だ、だって…』
「蛙、苦手なの?」
コクコクと頷くだけの私に、貴澄くんは「そっか」と微笑む。
「いつ、どこに跳んでくるかわからないもんね」
『っ!?そ、そんな怖い事言わないでよ…』
「ごめんごめん…じゃあさ、」
貴澄くんはそう言うと、両腕を私の背に回し、自分の体へと引き寄せた。
一瞬、何をされたのかわからなかったが、触れてる所から伝わる体温に、抱き締められている事がわかった。
『え…あ、あの、貴澄くん?』
「こうすれば、お互い暖かいし、蛙も跳んでこないでしょ?」
『そ、そうだけど…』
「それと、僕が目のやり場に困らなくて済むしね」
ジャージを羽織らされて安心していたが、チャックも閉めずに羽織っただけでは駄目だったらしい…
恥ずかしさのあまり、『ごめんなさい…』と小さく謝って、熱くなった顔を目の前の胸に埋める。
暖かい体温と共に、貴澄くんの心音が伝わってくる。
「僕はいいんだけどさ…」
『え?何?』
「ん?何でもないよ」
激しい雨音に上手く聞き取れず、顔を見上げると優しげな切れ長の目と目が合う。
「でも…こんな所真琴に見られたら、流石の真琴も怒るかな?」
『え?まこちゃん?』
「うん」
『…なんでまこちゃんが怒るの?』
「…え?」
「だって、真琴と付き合ってるんじゃ…」と、驚いた表情で突拍子もない事を言われ、こちらも驚いてしまう。
『つ、付き合ってないよ!』
「そうなんだ…相変わらず仲良さそうだから、とっくに付き合ってるのかと思ってたよ」
『そう言う風に見えた…?』
「うん…なんだ、だったらさっさと告白しとけばよかった」
『え…え?え?』
貴澄くんの言葉に混乱していると、「でも名前ちゃん、真琴の事好きでしょ?」と、私を抱き締める腕を緩める。
『それは…す、好きだけど…』
「告んないの?」
『っ!?』
ストレートな貴澄くんの言葉に狼狽える私は、緩んでも尚私を離さない腕の中で、目のやり場を探す。
『な…なんか、違うんだよ…』
「違う?」
『確かに真琴の事は好きだけど、昔からずっと一緒で、距離が近すぎるからか…付き合いたいとか思った事無い…』
「幼なじみだもんね」
『うん…でも、真琴は私の理想の旦那さんそのものなの』
「そっかー、理想の旦那さんか…」と困った様な笑みを浮かべる貴澄くん。
『あ、あの…貴澄くん?』
「ん?」
『さっきの…その、どういう事…?』
「え…ああ、告白しとけばよかったって?言葉の通りだよ」
「じゃなきゃ普通、こんな事しないでしょ?」そう言って貴澄くんは、再び私をギュッと抱き締める。
『…あのね、貴澄くん』
「何?」
私の言葉に体が離れ、私の顔をうかがう貴澄くんの視線から逃げるように俯く。
『私ね…中学の時から、貴澄くんと居るとドキドキするの…』
「…」
『そのドキドキがどうしようもなくて、貴澄くんから離れたいのに、もっと傍にいたくて、もっと話していたくて…』
中学からの気持ちが、三年振りに蘇り、言葉が止まらない。
『ずっと昔から真琴の事が好きで、恋ってよくわからないんだけど…』
「…」
『貴澄くんは…他の男子とは違うの』
「…、」
『貴澄くんと居ると、ドキドキし過ぎて自分がわからなくなる…』
心臓がバクバクと口から出そうな程暴れていて、緊張からか貴澄くんの制服を掴む手が僅かに震えている。
黙ったままの貴澄くんの顔を見るのが怖くて、俯いたままで居ると、震える手を見てか「寒い?」と優しく抱き寄せられた。
「あー…なんか、びっくり」
『…』
「今の…本当?」
『…うん』
「僕もさ…」と、優しい声が頭の上から降りかかる。
「中学の時から名前ちゃんの事好きだった」
『…え?』
「でも、名前ちゃんが真琴の事好きなのわかってたから、気持ち打ち明けないまま卒業しちゃったんだよね」
思いもしなかった事実を伝えられ、思考がピタリと止まり、貴澄くんの顔を見上げる。
『う、嘘だ…だって、だって…』
「だって?」
『貴澄くん、女の子に人気だったし…』
「そんな事ないよ」
貴澄くんは困ったように笑うと、「それに…」と続けた。
「好きじゃなきゃ、こんな事普通しないって…さっきも言ったよね?」
『そうかもしれないけど…』
狼狽える私の頬に貼り付いた濡れた髪を、貴澄くんは指先で払う。
雨はいつの間にか弱まり、雲の隙間から日の光が射す。
「でも、まぁ…とりあえず、お付き合いは保留にしておこうか」
夕立20分
『…え?』
「だって、彼女が他の男の事も好きだなんて、流石の僕も妬いちゃうって…たとえ相手が真琴でもね」
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無駄長意味不。
貴澄落ちした勢いと、上げるつもり無く書いてたから、展開が無理矢理。
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