キスをする前にしておきたいこと

▽桜乃視点


キスをするときに、たいていの女の子は目を閉じる。けれど、閉じると相手の顔は当たり前のように見えなくて、何だか不安になる。目を閉じた瞬間、私の目の前から白石さんが消えてしまうような気がして。そんなこと言えば白石さんは笑うかもしれない。でも、私は不安で仕方なくて、時々泣きそうになる。キスは、相手の気持ちが伝わるし自分の気持ちを伝えることができる幸せな行為だけれど、同時に不安にもなるもの。私はそう思う。
白石さんはモテる人だから、キスなんていくらでもしてきたに違いない。私とは、違う。
何だかそんなこと考えていたら余計に惨めになってくる。こんなこと考えるのはやめようって思ってるのに、ふとした瞬間に考えてしまう。それが白石さんといるときでも。

「桜乃ちゃん?考え事でもしてたん?」
「あ、ごめんなさい…」
「気にせんでええ。考え事してるときの顔も可愛らしかったから」

デート中に考え事をしていたにも関わらず白石さんはいつもと変わらない笑顔で優しくそう言ってくれる。怒ってもいいようなことをしたのに。でもそういう優しさとか甘い言葉を言ってくれるところが白石さんがモテる理由なんだとも思う。女の子なら、誰だって優しい男性に惹かれる。甘い言葉を言ってくれると嬉しくなる。そう思うと白石さんは理想の男性で、モテないはずがない。
分かってたことなのに改めてそれを考えさせられて辛くなる。胸がぎゅっ締め付けられて、呼吸が上手くできなくなる。ああ、苦しい。白石さん。

「…桜乃ちゃん大丈夫?」
「大丈夫、です。心配してくれてありがとうございます」
「…嘘やな。何か悩みあるんやろ?」

私の心を見透かしたように白石さんはそう口にする。心配してくれる白石さんは、何故か切なそうに笑う。まるで自分を責めているかのようで、私の胸は余計に締め付けられた。白石さんにこんな顔をさせたのは私なんだって思うと、白石さんの傍にいることも辛くなる。

「…桜乃ちゃん。キス、しよか」

何を思ってそう言ったのか分からない。けど白石さんは両手を広げて、優しくおいでと私を呼ぶ。私は静かに白石さんに歩み寄り、あと1mというところで腕を引っ張られ白石さんの腕の中にダイブした。見上げれば優しく微笑む白石さん。胸がさっきとは違う意味で締め付けられるようだった。
見詰め合ったまま数分経ったとき白石さんは私に言った。

「キスでしか伝わらない思いってあるんや。だから、」

そう言って唇をそっと近づけてくる白石さん。けど、でも。目を閉じたらいなくなっちゃうような気がして、不安で、泣きそうになる。駄目、嫌、しっかりと白石さんとくっついていたい。白石さんを傍に感じていたい。

「…手、繋いでてください」
「手?」
「白石さんを傍に感じていたいんです」

ワガママって思うかもしれない、けどどうしようもないくらい私は弱虫だから。こうしていなくちゃ不安で押しつぶされそうになる。キスは幸せな行為であると同時に不安になる行為でもあるから。
中々キスする様子のない白石さんを見上げれば白石さんの顔は真っ赤に染まっていた。初めてみるその表情。何が白石さんにそんな表情をさせたんだろう、疑問に思った。そうしたら白石さんは私をじっと見て小さくつぶやいた。

「あんまかわええことばっか言わんで?」

つぶやいたあとぐっと耳元に唇を寄せて、続きの言葉を囁いた。今度は私が赤くなる番だった。白石さんの唇が耳元から離れたときには、私の顔は白石さんとは比べ物にならないぐらい真っ赤に染まっていた。

―食べちゃいたくなるやろ?


キスする前にしておきたいこと

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企画:WONDERLAND様提出
素敵な企画に参加させていただきありがとうございました!


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