今はまだ薬指で我慢

▽跡部視点


今まで手に入らないものはなかった。俺が望めばどんなものだって簡単に手に入った。女だって、一度も俺を拒んだことはなかった。だから、あの女―竜崎桜乃に興味がわくのだろう。俺が望んでも手に入らなかった唯一の女だから。
俺が何を送っても「受け取れません」の一点張りで受け取らない。精一杯の口説き文句にも気づかない。鈍感で天然で、全く俺のタイプじゃねえ。それなのに俺は惚れちまった。「跡部さん」とあいつが呼ぶだけで俺の胸はガラにもなく高鳴り、この胸の高鳴りは会う度に煩さを増していく。そんな自分が自分じゃないようで、俺は少し怖くなった。


「今日の試合での跡部さんとても素敵で、つい見惚れちゃいました」
「フン…当たり前だ」

まるで主人の帰りを待っていた犬のように瞳をキラキラと輝かせて興奮気味に近づいてきた桜乃はそう口にした。もし尻尾が生えていたら、確実に左右にパタパタと振っていたに違いない。想像してみたら予想以上にキタ。かわいすぎんだろ。

(あー…やっぱ手に入れてえな)

目の前で首を傾げるこいつを俺のものにして、めちゃくちゃに愛してやりたい。どんなに嫌がっても離さずにずっと抱きしめて温もりを感じていたい。今はまだ無理でも、いつかは、俺の腕の中に閉じ込めてやる。俺はそう誓って、桜乃の薬指に口付けた。口付けられた桜乃は驚きのあまり口をぽかんと開けたまま固まっている。その無防備にあいた口に思わずキスしたくなるのを抑えて、俺はもう一度薬指に口付けた。

(いつか絶対、俺以外は見えないほど夢中にさせてやる)

口付けた薬指が熱を帯びて熱くなった。


今はまだ薬指で我慢


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