▽潔子視点


合宿最終日のあの日彼が私に声を掛けてくれなければこんなにも打ち解けることなんてできなかっただろう。
皆が楽しみにしていたBBQが行われている中、私はお手洗いで一度賑やかな輪から抜けた。少し離れた場所にあるそこからは皆の姿は全く見えない。それを知っていたのか、彼―黒尾君は突然草むらから現れると強引に腕を引っ張りどこかへ連れて行こうとした。

「ちょ、く、黒尾君、どうしたの」

合宿中一度も話したことのない彼にいきなり腕を掴まれどこかへ連れて行かれそうになり最初少し怖くて私は声が震えた。だけど振り返るなり優しい笑みを浮かべる黒尾君に何故か私の心はホッとして無意識に入っていた肩の力も抜けた。けれどどうして、という疑問は解決しないまま。黒尾君は何も口にすることなくずんずんと突き進み、更に皆から離れていってしまう。
流石にもうそろそろ教えてくれてもいいんじゃないかと思った頃、黒尾君は突然立ち止まりぐるりと私の方を向いておもむろに口を開く。

「突然だったよな悪い」
「あ、ううん。少し驚いただけだから大丈夫。それで、私に何か用事?」

彼が私にどんな用事があるのだろうかと少しドキドキした。まるで絡みの無かった相手だから尚更興味深くて私の心臓はトクントクンと音を立て黒尾君の言葉を今か今かと待っている。けれど黒尾君は一瞬口を開くとまた閉じる、を何度も繰り返しているだけ。何か言いにくそうにしている。彼がそこまで口にするのを躊躇うことって何だろう。私は更に興味がわいてきてしまった。
胸の鼓動が黒尾君の言葉を欲しがっているみたいに止まらないドキドキ。そのドキドキが次の黒尾君の言葉で別のドキドキに変わるなんて思ってもみなかった。まさか彼が私のことをそんな風に思っているなんて夢にも思わなかったから―…。


「俺、あんたのことが好きだ」

一瞬時が止まったのではないかという錯覚に陥った。黒尾君の口から紡がれた言葉はあまりにも信じがたい言葉だったからだ。
この合宿中に限らず一度も彼と口をきいたことはない。別に嫌いとかじゃない。単純に話す必要が無かった。細かい日程は澤村や菅原が他の学校の主将と決めていたしマネージャーは基本的にいつものように自分の学校の選手の身の回りの世話をするくらいだ。どこに彼が私を好きになる要素があったんだろう。
不思議そうにしている私に気づいた黒尾君は小さく笑った。驚いたよなあ、なんて私の戸惑いも気にしてないかのようにのんきにそう呟く。

「どうして、って聞かれたら俺も理由はよく分からねえな」

少し恥ずかしそうに頭をかきながらそう答える黒尾君。初めて見るその表情に私の胸の鼓動は早さを増していく。トクン、トクンと心地いい音を体で感じながら黒尾君の次の言葉を待つ。
黒尾君は私の視線に耐えられなくなったのか恥ずかしそうな表情のまま視線を逸らす。その姿があまりにも新鮮で、可愛くて。滅多に見ることのできない彼の姿に私はときめいてしまった。普段の彼とはあまりにもギャップがありすぎて同じ人物には思えない。

「可愛い人ね、黒尾君って」
「…言ってくれるね清水さん」
「私、今の黒尾君好きよ」

何故そんな言葉を口にしてしまったのかは分からない。ただ単純に黒尾君を可愛いと思った。普段の彼しか知らなかった私にとってはすごい衝撃だったから。
口にしておいて今更恥ずかしくなってきて私の頬は少しずつ熱を帯びていく。そうなったら最後。形勢逆転、というのだろうか。黒尾君はいつものニヤリといったような表情を浮かべ私の頭をくしゃりと撫でて口にした。

「そういうことだからヨロシク、潔子ちゃん」

これから始まる今までとは違う私たちの関係に黒尾君は楽しそうに笑う。まだ付き合うと決まったわけでもないのに黒尾君は付き合うことがもう決まっているかのように余裕の笑み。とんでもない猫に懐かれてしまったのではないかと今更気付いても、もう手遅れ。
まるで自分のものとでも言うかのように私の額に口づけをした黒尾君は真っ赤に染まった私の顔を見て満足そうに笑い皆の輪に戻っていった。

(こんな気持ちにさせるなんて…ずるい)


この恋を盗んではくれませんか
title by レイラの初恋

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アンケートでとても黒潔人気で嬉しいです〜。アダルトカップルな黒潔さんも素敵ですがこういう可愛い感じもいいと思います。




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