『春』と聞いて想像するものは何か。卒業、入学、就職、出会い、別れ…どれでもなく『恋』ただ一つ。好きな人との別れがとても切なく、胸を締め付けられる。どうして、別れはやってくるのか。薫はふとそう思った。

「まっゆっむらー!」
「清水か」

いつものようにクールな表情でこちらを振り向く眉村健。その顔を見て何故か笑顔になる薫。クールでめったに笑うことのない彼だけど、彼が優しいのは薫は知っているし滅多に笑うことがないからこそ彼の笑顔は貴重なのだ。

「高校どこ行くんだっけ?」
「海堂高校」
「あ、そういえばそう言ってたな」

もうすぐ二人は離れ離れになってしまう。それはもうずっと前から分かっていたことだった。でもその別れが間近に迫ってくると気持ちが焦ってくる。本当にこれでお別れなんだ、ととても切なくなる。必死で薫は涙をこらえる。その顔を、眉村は愛おしそうに見ていた。眉村はいつも一番近くで薫のことを見ていた。けれど薫はそのことに気づかず、いつも遠くを見ていた。眉村は、薫の視線が自分に向いていたのを知っていた。けれどあえて気づかぬフリをしていた。この関係が崩れるのが怖いのか。あと一歩踏み出せない。昔から薫、ただ一人を見つめてきたけれど、あと一歩踏み出すのは怖かった。

(清水と会える日も少なくなるな…)

胸がツキンと痛んだ。でもどうすることも出来ずただ、見つめることしか出来ない。けれどそれならそれでいいと思った。このままいれば薫のことも忘れ、野球に没頭できると。

(いや、それで、いいのか?清水のことを、忘れていいのか?)

忘れていいはずがない。ずっと傍にいた大切な人を失う、それがどんなに恐ろしいことか。

「し、みず。一つ、一つだけ言いたいことがある。聞いてくれるか?」
「うん?どうしたの?」
「お前が、好きだ。でも俺達は離れることになる。けど、必ず迎えに来る。だから、待っててくれるか?」
「…うんっ。私もずっと、ずっと好きだった。待ってるよ、ずっと…待ってるから」


∵大丈夫、ずっと待ってるよ



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