▽剣城視点


「あの、剣城君」

困ったように微笑みながら俺の名前を呼ぶ茜さん。その困った顔さえ可愛く見えてしまうんだから、俺は相当茜さんのことを想っているんだろう。

最近よく俺に話しかけるようになった茜さんとの会話の内容はだいたいは神童キャプテンだ。だからたった今話しかけてきたのも、どうせ神童キャプテン絡みの話なんだろう。分かっていたことだが、俺からしてみればおもしろくない。想いを寄せている相手から、他の男の話を延々とされるのだから。茜さんは小走りで近づいてくると俺の耳元に唇を寄せてきた。どうやら周りの連中には聞かれたくない内容らしい、が。それにしてもこの距離は近すぎる、茜さんの唇が俺の耳たぶに触れそうだ。俺は会話に意識を集中させようとしてみたが、茜さんの声がすぐ傍で聞こえるせいで集中なんてできやしない。俺だけどきどきしているなんて馬鹿みたいだ。茜さんの方を盗み見てみるけれども少しも俺のことを意識しているような顔じゃない。たった今かろうじて聞こえた『チョコ』という単語から、神童キャプテンにあげるチョコのことで頭がいっぱいなんだろうと俺は予測した。

「でね、どんなチョコがいい?」
「神童キャプテンに渡すチョコですか…高級なものは貰いなれていると思うので逆に手作りとかいいんじゃないですか?」

って俺も何真面目にアドバイスしてるんだ。神童キャプテンと茜さんがバレンタインデーをきっかけに交際でもスタートさせたらどうする気なんだ俺は。今の状況でさえも苦しくてたまらないというのに、更に苦痛な状況を作り出すなんて。はあ、馬鹿だな俺も。
胸の内でそう自分に嘲笑してから茜さんの様子を盗み見ると、何故か茜さんは肩を震わせて今にも泣きそうな表情を浮かべていた。なぜだ。

「あ、茜さん?」
「剣城くんのばか!!!今のは剣城君にあげるチョコの話だったのに…っ」
「え、俺に、ですか?」
「もう知らないもんっあとでくださいって言われてもあげないから!」

顔を真っ赤にして泣きながらそう怒鳴る茜さんは、今日一番可愛いと俺は思った。俺のせいで怒って、俺のせいで泣いて。全て俺のしたことのせいで茜さんはこんなにも表情をころころと変えているんだ。こんなに嬉しいことはない。じわじわと俺の心が熱くなってきて、茜さんへの思いが膨れ上がる。

「…茜さん、すいません。俺が悪かったです」
「もう、遅いもん…」
「俺、茜さんの手作りチョコ欲しいです。…作ってくれますか?」

茜さんは俺のお願いになんて答えるだろうか。もしかしたら作ってくれるかもしれないし、作ってくれないかもしれない。茜さんの気持ち次第だ。だが俺には茜さんが俺のお願いを聞いてくれるであろうことは何となく分かっていた。それは茜さんの表情を見ていればすぐ分かることだ。
さっき俺の言葉を聞いた茜さんは瞳を輝かせて俺のことを見つめてきたんだ。茜さんは俺のために手作りチョコを作りたいと思ってくれていた。それだけで十分すぎるくらい俺は幸せで。何だか神童キャプテンに申し訳なくなった。でもキャプテン、たまには茜さんの心を独り占めしたっていいですよね?俺だって茜さんのこと切ないぐらいに好きなんですから。

「茜さん、楽しみにしてます」
「うん、任せて!」

ふわふわとほんのり甘い香りを漂わせた茜さんは笑う。俺にとびきりおいしいものを贈ってあげるからね、と口にしながら。
だんだんと近づいてくるバレンタインデーを前に俺は既に茜さんの作るものを一人想像して頬が緩んでしまった。きっと見た目にもこだわるんだろうとか、きっとすごく甘いものを作るんだろうとか。考えだしたら楽しくなってきた。「バレンタイン楽しみだな」俺は一人呟いたあと、にやける頬を引き締めて練習に戻った。


期待してもいいですか?

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2013/02/14:バレンタイン企画
花火ちゃんリクエスト



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