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2月14日はバレンタインデー、しかも運よく平日。登校中に早速、女子が彼氏や意中の男子にチョコを渡す光景もちらほら窺える。どの男も照れながらも嬉しそうにそれを受け取り、お礼を言う。渡した女子も、安心したように笑っている。その様子を千鶴はうらやましそうに見ていた。千鶴も渡したい相手はいるのだが、そう簡単に渡せる相手ではなかったからだ。

「土方先生、きっとたくさん貰うんだろうな…」

チョコを渡したかった相手の男性は古典の教師の土方歳三。若くてかっこよくて、クールなところが女子高生の心をつかんでいるようだ。今までも、調理実習で作ったものを土方にあげる女子生徒がたくさんいた。千鶴はケーキにクッキーにプリンなどを食べきれいほど貰って困っている土方をよく見かけた。バレンタインデーとなれば、貰う量はどんと増えるだろう。そんな中、自分までもチョコレートをプレゼントしたらどうなるだろう。土方にさらに迷惑をかけるだけ。それを思うとどうしてもチョコを渡すことはできなかった。

***

千鶴は放課後、職員室に来るようにと土方に言われていた。急ぎ足で職員室へ向かい、着いて軽くお辞儀をして中に入ると土方しかいなかった。不思議に思いながらも土方の下へ行くと、食事会に行ったと教えてくれた。土方はそういうのが苦手なため、行かなかったらしい。千鶴は土方先生らしいなと小さく笑う。そしてふと土方の机の横のダンボールを見つけた。

「わ、あ。すごいですね土方先生」
「ああ。こんなに貰っちまったが、俺一人じゃ食べきれねぇな」

土方は困ったように笑い、ぽつりと呟く。『甘いのは好きじゃねえ』と。その言葉に千鶴も笑って答える。

「こんなにあったらどんなに甘いものが好きな人でも、嫌になっちゃいますよ」

土方の机のそばにあるダンボール2つ分のチョコレートを見ながら言う。可愛くラッピングされたそのチョコ達は、女の子の想いが詰まっている。義理の子がほとんどだろうけど、本命の子だってもちろんいる。土方のことを想って一生懸命作ったんだろうな、そう思うと千鶴は胸が苦しくなった。土方を想っているのは自分だけではない、改めてその事実をつきつけられ千鶴は切なくなる。千鶴は早くその場所から立ち去りたかった。

「あ、の…私用事があるので、これで失礼します」
「ちょっと待て」
「え?」

千鶴を引きとめ机の中から何か小さな箱を取り出し、千鶴に差し出す。

「…?」
「いいから、開けてみろ」
「…っ!」

そこにはバレンタインデー限定の可愛い指輪が入っていた。ハート型のチョコレートをモチーフにした、予約分だけでも売り切れという大人気の指輪。

「あのこれ…どうしたんですか?」
「前欲しいって言ってただろ。お前の喜ぶ顔が見たかったんだが、迷惑だったか?」

土方は少し不安そうにそう尋ねる。千鶴は頬を緩ませぶんぶんと首を横に振り、貰った指輪をチョコの方が見えるようにして土方に向ける。

「どうですか?」
「ああ…似合っている。すごく綺麗だ」

土方があまりにも優しくそう言うので千鶴はさきほどよりも頬が緩む。でも嬉しくてたまらなくて、その指輪をずっと眺めていた。すると土方が突然後ろから抱きしめてきて、耳元でささやく。『お前から何かお返しはないのか?』

「…もちろんあります」

にこりと微笑み、鞄の中からチョコレートを取り出して差し出す。しかし土方は不満そうな顔をするだけ。千鶴は頭に?マークを浮かべて土方を見つめる。

「お前の手作りのチョコもいいが、俺が今欲しいのはコレだ」

言い終わった瞬間、土方の唇と千鶴の唇が少しの間重なった。


それより欲しいのはお前の唇

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2011/02/14:バレンタイン企画



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