バレンタインデー、それは男にとって大事な行事であったりする。意中の相手から、もしくは彼女からのチョコを楽しみにしている男子生徒多数。朝からにやりと笑いながら女子の方をチラチラと見る男子を女子は気持ち悪がっていた。そんなことも知らずに男子たちは今か今かと女子からのチョコを待っている。栄口はそんな男子達とは違い、静かに席に着いて授業の準備をしていた。何故かと言うと朝練のときにもう千代からチョコを貰っていたからだ。教室に着いてからすぐ袋を開けると中には手作りの生チョコが入っていて、メッセージカードには『いつも優しい栄口君が大好きだよ』と書かれていた。それを読んだ瞬間栄口は顔を真っ赤にして、千代の笑顔を思い浮かべた。

(俺も、大好き)

言葉には出さずにそう心の中で言ってみる。それだけのことなのに何だか恥ずかしくて、栄口は更に顔を赤くした。周りにいたクラスメイトはあえて何も言わずにそんな栄口を見ていた。

***

「篠岡、チョコおいしかっ、たよ…」

放課後の練習が始まる前、千代にチョコの礼を言おうと思った栄口は千代の手にあるそれを見て絶句した。胸が苦しい、張り裂けるような痛みに襲われる。千代の手には、栄口にあげたものと全く同じラッピングがされているチョコレート。聞かなくても分かる、千代は全員分を作っていたのだ。だから、栄口だけに特別に作ったなどというわけではないのだ。

「本当?良かったー…色々手加えちゃったから心配だったんだー」

にこと笑顔でそう言う千代、いつもならその笑顔には癒される栄口。しかし今日は癒しどころか何といえない感情がわきあがる。

(俺だけ、じゃなかったんだ。俺、一人で浮かれて…馬鹿みたいだ)

何か物を使って思い切り殴られたように頭がガンガンと痛む。その痛みはどんどんとひどくなっていった。

***

練習が終わって皆が帰り支度を始めたとき、栄口は千代を部室の裏に呼び出した。

「篠岡、今日家来ない?」
「え、いいの?でも今日もう遅いしまた今度に…」
「それなら家まで送るから大丈夫。それにちょっと寄るだけ、ね?」

優しく微笑まれ、ね?と可愛くお願いされたら断ることなどできるはずもなく。千代はじゃあ、と栄口の家にお邪魔させてもらうことにした。すると栄口は満面の笑みで千代にありがとう、と言って抱きしめた。千代は恥ずかしそうに笑いながらも、栄口を抱きしめ返しどういたしましてとつぶやく。そのとき栄口はにやりと何かを企んでいるかのような笑顔だった。
家に着き栄口は千代を自分の部屋に案内した。千代は遠慮がちに部屋に入り、きょろきょろと室内を観察する。シンプルで無駄な物が一切ない、それが第一印象だった。千代は振り向き、綺麗な部屋だねと笑いかけた。その瞬間、ガチャッと部屋の鍵を閉める音がした。千代は気づけばベッドに押し倒されていて、視界には天井と、栄口が入った。

「栄口、君?」
「篠岡ってさ…意地悪だよね。俺と付き合っているのに他の男にも俺と同じチョコあげるなんてさ」
「お、なじじゃないよ?栄口君のだけ手作りで、他の皆のは市販のチョコなの」
「え?」
「えっと、ラッピングは一緒だけど中身は全く違うんだよ」

予想していなかった返答に栄口は思わず間抜けな声を出してしまった。栄口は一人で勝手に勘違いし勝手に傷ついていただけだったのだ。千代は困ったような顔で勘違いさせてごめんね、と栄口に告げる。その言葉に栄口は首を思いっきり振り、勝手に勘違いしたのは俺だしと苦笑いした。

「ご、めん…こんなことして。怖かった、よね。ほんとごめん」
「ううん。大丈夫。少しだけ怖かったけど、相手は栄口君だもん」
「え?」
「あのまま栄口君に抱かれるのも、悪くないかな、なんて」

ぺろと舌を出して笑って見せた千代。不覚にも栄口はときめいてしまい、しばらく目が離せなかった。


貴方のだけ特別仕様

−−−−−−
2011/02/14:バレンタイン企画



×