今まで野球一筋で女子に見向きもしなかった阿部とデートすることになった千代は未だに、そのことが信じられずに、姿見の前で頬をつねっていた。痛みは確かに感じる。その痛みが今日のデートが夢ではなく現実であると教えてくれる。千代は緩みきった表情のまま、今日のデートで着ていく服を選び始めた。

そして今日のデートの相手である阿部は、千代がデートで着ていく服に頭を悩ませているとき、同じように今日着ていく服に頭を悩ませていた。女子と出かけることなんて初めてである阿部が、簡単に服を決めるなんてことできるはずもなく、実を言うと千代よりもっと前から悩んでいたのだ。最近の流行に疎い阿部は誰かに相談することも考えたが、真っ先に思いついた野球部の面々と服の好みが合うわけがないことに気づき相談は断念したのだ。

「…ああもうめんどくせえ。動きやすい服でいいか」

色々悩んだが、悩んでも解決しないと思った阿部はいつも着ている動きやすさ重視の服にすることにした。下はジーパンで、上はTシャツ。かなりラフな格好になったが、変に凝った服にするよりはいいか、と一人納得して家を出た。

***

「篠岡!悪ぃ、待たせたか?」
「阿部くん!ううん、大丈夫だよ。今来たところだから」

待ち合わせ場所に走って向かうと千代はもうすでに待ち合わせ場所に立っていた。可愛らしいフリルのワンピースを着て、いつも結んでいる髪は下ろされていた。少しウェーブしている髪は風によってふわふわと揺れている。阿部は思わずドキリとなる胸を押さえて、いつもの仏頂面を保ちながら言った。

「そっか。じゃ、行くか」
「うん!」
「(…私服初めて見たけど可愛いな)」

にこりと笑って頷いた千代を見て阿部は率直にそう思った。普段はジャージを着ているため、女というよりマネージャーという認識だったが、こうして二人きりで会うとマネージャーとは思えず、一人の女として見てしまう阿部。私服だと、千代はかなり細いのが分かる。スカートから覗く足もすらりと細く白い。

「(やべえ…見てたら色々と我慢できなくなる)」

そう思って顔を見るようにしてみたら、今度は白いやわらかそうな頬とクリクリと大きな瞳、そして艶やかな薄桃色の唇が阿部を誘惑してきた。結局どこを見ても、阿部を誘惑するものがあるのだ。

「…」
「阿部君?どうしたの?」
「あ、いや。何でもねえ」
「うん、それなら良かった」

安心したように笑う千代の声はいつも部活中に聞くものとは違い、やわらかく聞こえる。阿部はその声に聞き惚れて、またボケッとしてしまう。そんな阿部を見て千代はクスクスと小さく笑うと阿部は少し照れたように千代に背中を向けてさっさと歩き出した。


一体誰のせいなんて言うまでもなく
(あはは、今日の阿部君何か面白いね)
(誰の所為だっての…)
(ん?何か言った?)

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▽20万打:月さん
リクエストありがとうございました。
(111013)



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