▽夏彦視点

ただ俺は話すきっかけが欲しかった。
特に用事もないのに話しかけるなんてできなかったから。

今日10月31日、ハロウィンはチャンスだと思った。変に緊張もしないで話しかけられそうだと思ったからだ。けどいざ本人を目の前にしたら、変な汗が出てきそうなぐらい緊張している自分に気づいた。由紀さんに話しかけたらどんな話をしようか前もって考えてきたのに、今は何も思いつかない。全て俺の頭からぶっ飛んだようだ。あまりの情けなさに思わず出るため息に優しい由紀さんは心配してくれ、俺の顔を覗き込むようにして顔を近づけてきた。

「夏彦君。どうしたの?」

由紀さんがやわらかい声が耳のすごく近くで聞こえてくすぐったい。少しかがめばキスできるくらい近い距離に由紀さんがいて、こんなに近くに由紀さんを感じたのも初めてで。由紀さんの全てが欲しいとふと思った。

「えーっと、trick or treat?」

衝動的に抱きしめそうになるのをなんとか抑えて、誤魔化すように少し視線を逸らして由紀さんを見ないようにした。盗み見るように由紀さんを見れば、お菓子がないのか困った顔で色んなポケットを探っている様子が見えた。だんだん焦り始めてわたわたしている姿がまた可愛くてつい頬が緩む。その瞬間由紀さんは俺の方を見て、目と目がばっちりとあってしまった。

「夏彦君、私がお菓子持ってないって知っててからかったの?」

ぷうと駄々をこねる子供のように頬を膨らませる姿もなんとまあ可愛くて。由紀さんは怒っているのに俺はどうしても頬の緩みを抑えることはできそうになかった。「そんなことないですって」という俺の言葉はどうやら信用できないらしく由紀さんは変わらず拗ねた表情を浮かべたまま。

「…決まりは決まりだもんね。はいどうぞ!」
「何してんの由紀さん」
「悪戯、するんだよね?だからはい!」

目をきゅっとつぶった由紀さんは両手を大きく広げて俺が悪戯を決行するのを待っている。もうすごく可愛くて、この小動物のような由紀さんを思い切り抱きしめて髪がくしゃくしゃになるほど撫で回したかった。そんなことをしたら由紀さんはどんな反応をするだろう、どんな表情を見せてくれるだろう。見てみたいと思った。俺の心はとても正直らしい。

けど俺は何とか理性を保たせて、脇腹あたりをくすぐるというお決まりのような悪戯を決行した。顔を赤くしてくすぐったさに耐える由紀さんはいつもと違う可愛さがあって俺の心をくすぐった。

10月31日、ハロウィン。きっかけをありがとう。


なにかが変わった10月31日

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2012年『ハロウィン企画』
花火ちゃんへ


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