世界が死んだ気がした。
もうこの世界には、私しか生きていないのではないだろうか、なんて錯覚に陥る程度にはパニックになっていたらしい。
化け物が笑う。
絶望と恐怖で塗り固められた足は、動いてはくれない。
化け物の咢が私たちに向かって開いたとき、死を覚悟して目を閉じた。
しかし、いくら待っても予想していた痛みは来なくて、代わりに暖かい何かに包まれた。
驚いて目を開ければ、そこにはけだるげな男が一人。炎をまとって立っていた。
すさまじいその火力は、怪物を焼き尽くしていく。
逃げることしかできなかった。反抗の一つもできなかった、私たちを嘲笑うように……炎は踊っていた。
私の記憶は、そこで途切れた。
血の赤と、腕章の赤、そして火の赤。
赤に埋め尽くされた記憶がフラッシュバックして、飛び起きるまで。
眠っていたらしかった。
目が覚めた先は白い病棟で、傷一つない体のまま。
本当に何もできなかったことが、悔しくて仕方なかった。
何もできないまま、ただ逃げて教官を殺されたこと。
その仇を目にしても、死を待つことしかできなかったこと。
悔しくて、悔しくて……。
強くなりたかったのに。
なれたと思っていたのに。
それがただの思い上がりであったことが、何もできない自分が、悔しくて許せなかった。
「荒れてるね。安静にしてないとだめだよ」
いきなりかけられた声に驚いて声のしたほうを見れば、知らない男がたっていた。
病室の入り口に腕組みをして寄りかかる彼。
「激しい怒りだね。しかも自分に対しての」
そういいながら、彼はこちらへやってきた。
「恐怖よりも怒りが打ち勝つなら、大丈夫。君はまだ強くなれるよ」
ついに隣までやってきた彼は、そういって私の頭をなでた。
「弱い自分に憎悪を抱いて、強くなりたいと願うなら、君は強くなれる。君はそのための努力を惜しまない子だから」
驚いて声が出なかった。
誰にも理解されない感情を、理解してもらえた気分だった。
「僕は心が読めるんだよね。そういう字をいただいたから。君がけがをしていなくてよかった。おかげで話ができる」
椅子を引き出してそこに彼は腰かけた。
初対面の人間に自分の異能をさらすなんて、よほどのバカか、実力者なのだろう。
学校の先生だろうか。突然現れた男を前に、警戒心が強くなる。
「残念ながら僕は教師じゃないよ。それに実力者でもない。ただの一政商さ。君を助けたっていうと妙な気分なのだけれど、まぁ助けに入った男の仲間なんだけど……覚えてるかい?」
そういわれて思い出すのは炎の背中。忘れることなんてできないだろう。私たちは彼に命を救われたのだから。それにあの火力。我が国七つの頂点といわれる政商なら納得がいった。
「大げさだね。大和はそんなつもりはかけらほどもなかったと思うよ。ただ、気に食わない障害物を排除しただけって感じだったしね。強いのは否定しないけどさ」
そう付け加えて彼は笑った。
どうやら私は運が良かったらしい。
本当に運なのだとしたら、よほどの強運だったのだろう。
「それはどうだろうね。大和と僕の目に留まるくらいの力なわけだし。君のその力が引き寄せた必然だったかもしれないよ。力の強い者同士はひかれあうから」
「え?」
運ではなくて実力だといわれ、思考が止まった。
何を言っているのかが全く分からなかった。
実力がないから助けられなかったのに。
逃げることしかできなかったのに。
私は、こんなに弱いのに。
「なぜ強いというのか、なんて、君が本当は強いからに決まってるだろう?言ったじゃないか、君はまだまだ強くなれるって。その自分に対する怒りは君の強さの原動力だよ。それを持ち続ける限り、君は強くなれる。」
私の強さをそして弱さを目にした男はさらに続ける。
「ただし、今のままの環境ではそうそう伸びないだろうね。腐って終わる可能性のほうが高い。君に縦割り社会は似合わないと思うんだよね。君はもっと自由に力をふるうタイプだと思うよ。自分の選んだ仲間のもとで、守りたい人間をその背に背負ってこそ、強くなる。守られるばかりの環境じゃ、君の強さは変わらないと思うよ」
容赦ない言葉が投げかけられた。今のままではだめだという、今まで感じていた言葉にできない焦りを看破された気がした。
「だからさ、うちに来ないかい?縦割り社会を捨てて、大和の下でその力をふるってみないかい?」
そういって、彼は私に手を伸ばした

彼女が決断した地と血
(さし伸ばされた手をつかみ)(私は決断を下した)(強くなりたくて)(その手にすがった)






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