カミサマ 世界を止めて
最近しばらく見なくなっていた嫌な夢をまたみるようになった。
そのせいか、毎日のように服用している睡眠薬を飲んでも全く眠れない。
深夜3時、横たわるだけのベッドから起き上がりキッチンへ向かい蛇口をひねる。
冷たい水を一杯飲んで冴えきった頭で考えるのは、あと数時間で始まる仕事のことと上司のことだった。
今あの人は何をしているだろうか、家にいるだろうか、それとも女のところだろうか―――
そんなことを考えていたらもう午前6時になってしまっていたので、朝食も食べずに慌てて出勤をした。
仕事場である東方司令部に駆け込む。
私は軍に身を置いていて、地位は中尉である。名はリザ・ホークアイ。
国軍大佐であり焔の錬金術師ロイ・マスタングの副官だ。
「おはようございます」
黒髪の男に挨拶をする。
先程まで私の頭を占領していた上司だ。
「おはよう、今日は遅かったな。君が私より遅いなんて珍しい」
上司が物珍しそうな顔で私を見ながら言った。
「申し訳ありません」
「いや、別に責めている訳ではないんだよ。それより君、」
ふいに上司の手が私の目尻に触れた。
「くま。」
目の前の上司がにやっと笑う
「っ余計なお世話です、大佐。早く仕事に取りかかってください!」
この黒髪の男こそが国軍大佐ロイ・マスタングである。
私の上司な訳だが、仕事はすぐサボるし女ぐせも悪い。
だが、こんな上司でもどうしようもないくらい愛しいのだ。
この人は死なせてはいけないと本気で思う。
私が、命をかけて守るひと。
本人には口が裂けても言えないけど、この人以外愛せる気がしない。
そんなことを思いながら前を歩く背中を見つめた。
部下たちも続々と出勤してきて、最後に謝りながら入ってきたのはいつでも煙草をふかしているハボックという部下だった。
大佐が珍しく机に向かって黙々と書類の山と格闘しているので、不思議に思い、声をかけようとしたその時、
いきなり目の前が真っ暗になった。
気づくと見知らぬ部屋にいた。
ああ、医務室のベッドの上だ。と気づいたのは目覚めてから約45秒後だった。
仕事が残っているのを思い出して起き上がろうとしたが、うまく体が動かせない。
自分の体と格闘しているとガチャッとドアが開く音がした。
「あ、中尉起きたんスか」
入ってきたのはハボックだった。彼なりに気を遣ったらしく、医務室では煙草を吸っていない。
「いきなり倒れたんでびっくりしたんスよ!もう大佐なんて大慌てで一人で中尉だっこして医務室に走ってっちゃったんスから。」
ただの過労みたいですよ、そう言ってハボックはベッドの脇にあった椅子に腰掛けた。
「仕事は?ハボック少尉」
「大佐がぜーんぶやったみたいです。あの人、やればできんのになんでやらないんスかね」
私が起き上がろうとすると、ハボックがそれを制止した。
「だから、中尉は寝ててくださいよ。俺、見張りなんスよ。大佐が見張りでもいないと中尉は無理矢理仕事しにくるからって」
「…医務室に人がいないわね。」
「なんかちょっとしたテロで怪我人が出たらしくて、軍医はみんなそっち行ってますよ。」
煙草、つけていいスかね?とハボックが聞いてきたの少し睨むと、
「冗談ですよ。」
苦笑いがかえってきた。
「中尉は少し寝てください。俺もテロの現場に行かなきゃなんないんで、見張りはあんたが寝るまでなんで。」
そう言われたので寝ないわけにもいかず、とりあえず寝たふりをすることにした。
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