銀色の金魚 | ナノ


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銀ちゃんがいなくなってから2年経った──


銀色の金魚


萩、松下村塾跡地。
名前は毎日のようにそこに赴いていた。真選組は訳あって今は散り散りになっている。萩に行くという副長に有無を言わさず同行させて貰っていた。
あれから──天鳥船が落ちてから2年…。銀ちゃんは居なくなった。
あの騒動の中、私は真選組の一員として事後処理に追われていたので銀ちゃんとは会えなくて、真意が何なのか知らない。ただ一人万事屋に残った新八くんが、「みんな其々やらなきゃいけない事があるんです」とだけ言っていた。銀ちゃんのやりたい事ってなに……?相変わらず私には何も教えてくれない。一度も会う事はなく2年が過ぎた。
萩に居たら会える気がした。銀ちゃんや晋助、桂さんが育った場所。今は焼け跡すら朽ちてきて…。
まだ少し肌寒い春先、私はいつも通り村塾の跡地を歩いていた。門の名残があるそこを通り抜けて敷地に入ると、まるでタイムスリップしたように子供の笑い声が聞こえる気がした。胸が締め付けられる。銀ちゃんは、ここで何を思って過ごしていたんだろうか。きっと幸せな時間だっただろう…。あまり聞いた事も無くてよく知らないけど。
こうなってみて、やっぱり私は銀ちゃんの事、何も知らない。
村塾の、一番奥に簡素なお墓が建ててあった。木の墓標には何も記されていないが、まだ新しい。誰がここに建てたのか、誰のお墓なのか…。そこに座って手を合わせる。それが日課になっていた。誰が眠っているかは分からないが、ここに建っている以上村塾に関係のある人なんだと思う。


萩での生活にもだいぶ慣れた。平和になったと言ってもお巡りさんは必要な訳で、毎日何かしら街の騒動に駆り出される。それは鬱屈しそうになる心を支えるのにはちょうど良かった。何かしていないと考えすぎて動けなくなりそうだったから。


「副長ー!なんか子供が居なくなったって迷子みたいなんで出動してきます!」

若いお母さんが泣きそうな面持ちで屯所に駆け込んで来た。副長の部屋を覗くと思いっきり睨まれた。

「副長じゃねェって何度言ったら分かるんだ。」
「もー、だって呼び慣れてないいですもん…えっと…、ひじかた、さん…、いってきます。」

相変わらず禁煙してる土方さん。ニコチン切れで前より切れやすくなったんじゃ?

「気をつけてな。無茶すんなよ。」
「はーい。じゃあ、お母さん行きましょ。きっとすぐ見つかりますよ。」

泣きそうな母親を宥めながら屯所を出た事を、後からあんなに後悔した事はなかったが…。



残された土方は、部屋の襖を開けて空を仰いだ。江戸とは違う、田舎の澄んだ空。武州と大して変わらねェな、などと思う。
ここに来てからも名前は前と変わらなく元気だ。江戸で、万事屋が居なくなったと聞いた時も微動だにしなかった。まるでどこかでそうなると分かっていたかのように。それが返って心配だった。感情を表に出せない程のショックなんじゃねェのか…?
ふう、と息を吐いた時、新参者のメタリックな部下が慌てて駆け込んで来た。高杉らしき人物が目撃されたと。それと同時に銀髪の男も。

「チッ、」

やっぱりここに来やがった。高杉は必ずあの場所に現れると踏んでいた。それを追ってヤツが来る事も。名前を呼び戻すか一瞬迷ったが、止めた。何が出てくるか分かったモンじゃねェ。天導衆の肉塊が消えていた。それはどういう事か…──アイツが傷つく所をもう見たくはなかった。





名前が萩の村で迷子の子供を見つけ、母親から泣きながらお礼を言われていると屯所の方で爆音が聞こえた。一気に体温が下がる。こんな田舎で、なぜあんな大きな爆音……。まさか…──
心臓の音が大きく跳ねた。煙が上がっているのは間違いなく屯所からだ。天人の仕業か、はたまた盗っ人か…。でももしかして、まさか、晋助……?アルタナを持っている国々でテロが頻発している。そこに晋助の存在が疑われていた。所縁の場所に戻って来るかもしれない。それを追ってヤツも来るかもしれないと、副長の推測だった。晋助なのか…それとも……。
勝手に涙が溢れそうになる。2年間探した。似た人を何度も間違えた。もしかしたら私には会いたくないかもしれない。だって私には何も告げずに居なくなったから。それでも探さずにはいられなかった。ただ、会いたかった。

屯所の門を潜り、庭に出ると銀色の髪の毛だけが一瞬だけ見えた。

「銀ちゃん…っ!!」

彼が飛び降りた塀に近寄るがもうそこに姿はない。なんで…っ!

「名前!」

副長が呼ぶのも構わず、門から飛び出て逃げ去ったであろう方角に向かうがもうそこには誰もいなかった。

「銀ちゃん!!」

名前を叫んで、後を追うが本当にこっちに向かったのかすら分からない。ただがむしゃらに走って山に入ろうとする私を副長に抱きとめられる。

「はな…、離して…、ひじか……副長…っ!副長…!!今の…、銀ちゃ……っ!なんで…っ」

なんですぐに連絡くれなかったんですか!?無線だって携帯だってあるのに…!罵倒しそうな私の声は全部嗚咽に変わった。私の、名前を呼んだ私の声は銀ちゃんにも聞こえた筈だ。銀ちゃんだった。間違い無いのに、声は聞こえた筈なのに、ここにはいない。もしかしたら「よお、ちょっと太ったんじゃね?」って憎まれ口叩きながら笑ってくれるかもって淡い期待を抱いていた。でももういない。それが全ての答えだった。私は必要とされていない──

「…名前……、」

蹲って泣く事しかできない。2年間我慢してきた私の涙腺は、とうとう壊れてしまった。気丈に振舞ってきた上辺だけの強さは、こんな些細なことで崩れ落ちてしまった。これからどうやって生きていけばいいのか……銀ちゃん…。





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