「トリックオアトリート。」
屯所内、たまたま廊下で出くわした山崎さんにそう言うととても怪訝そうな顔をされた。この日本で何を言ってるんだっていう様な呆れたような顔だ。
「ハロウィンですよ、ハロウィン!知ってますか?」
私は急に恥ずかしくなってきてまくし立てるように言うと山崎さんは大きな溜息をついて私を見た。
「知ってるよ。お菓子でしょ?はい、どうぞ。君がそんな子供っぽい事が好きだとは思わなかったけど。」
ポンと手のひらに乗せられたのは透明な可愛らしいハロウィンの絵があしらってある袋。その中に細々としたお菓子がたくさん入っていた。
「え、これ、」
「真選組イメージアップ強化月間。今朝朝礼で副長が言ってたの聞いてなかったね?今日は見回りの時に会った子供達に配るって。」
そういえば朝礼の時に何か言ってたような言ってなかったような…。でも今日は月末で色んな書類の締めがあって見回りには行けないと思うんだけど…。
「…副長はもう行ったよ?一人ずつノルマがあるし名前ちゃんにもあるの知らない?本当に話聞いてないよね。配るの遅くなって月末処理間に合わなくてどやされるのは君だから別にいいんだけど。」
山崎さんは最初からずっと私に当たりがキツイように思う。気のせいなんかじゃなく。
「行ってきます!でも今回の月末業務はいつもと違いますからね!見てて下さい!」
吐き捨てるように言って屯所を飛び出た。山崎さんのアレはなんだろう。はっ!今までずっと土方さんのフォローしてたの山崎さんみたいだし、私にその居場所を奪われそうでヤキモキしてるのかな?男のヤキモチはみっともないよね!
鼻息も荒く門の外に行くとちょうど総悟達の隊が準備している最中だったから同行させて貰うことにした。ちょっとびっくりしていた私のノルマは3つだけで一安心した。どこの隊にも属していないそもそも事務要員の私がそんなに沢山配れる訳もない。くっそー山崎め脅かしおって。
穏やかな暖かい秋晴れの日、大人数で町中を歩きながら道行く人達にお菓子を配って歩いた。子供だけっていう話だったが隊規が緩いのか隊長があんなだからなのか誰彼構わず配っていて、早く終わらせたいのが見え見えだ。総悟に至っては袋を開けて自分で食べてるし。
「これ甘ェなァ。俺ァもうちょっと塩っ辛い方が好みなんでィお母ちゃん。」
「誰がお母ちゃんなの。相変わらず渋好みだね。ていうか食べちゃダメじゃん。」
「テメェ、それ上司に対する口の聞き方じゃねェなァ。」
なんの感情も篭っていない目をしながら私のこめかみに握りこぶしを当て両方からギリギリと力を込めた。
「痛い痛いいたーいっ!すみません…っ!沖田隊長っ、ごめんなさい!」
「…分かりゃいーんだよ。次はねェからな。」
ペッ、とその辺に放かられ涙目になりながら顔を上げた時、前から見知った顔の人が歩いてくる。白い着流しに片手を突っ込み眠たそうな目をしながら怠そうに。
「…旦那…、」
思わず口をついて出た。あれから……、あの、旦那が知らない女の人と歩いている所を見てから一度も会っていなかった。もう会わないって思ってた。…まあ近くに居るんだから会わないのは無理なんだけど……。
いつもの調子でヘラヘラ笑いながら何か声を掛けてくるかと思ったのにフイっと目を逸らされた。それは大きな違和感。
「あ、何してるアルか税金ドロボーが!」
その声で、旦那の隣に居た女の子に私はやっと気付く。女の子と、メガネを掛けた男の子と、大きな白い犬が一緒に居た。総悟が面倒くせえと舌打ちする。そして一気に喧嘩腰になったので私はびっくりして慌てて止めに入った。
「あああ、神楽ちゃんもホラ、止めて。もー毎回すみません。」
メガネの男の子が申し訳なさそうに女の子を羽交い締めにしよとするが、すぐに外されてしまう。旦那はその光景をただ興味無さげに見ているだけだった。
「こちらこそごめんなさい。あの、良かったらお菓子どうぞ?」
私は大きな違和感を感じながらもノルマ達成の事もあって女の子と男の子にお菓子を手渡した。もうあげる年齢でも無いかなって一瞬思ったけど二人は喜んで受け取ってくれた。これで今日の食料が…とか言ってる…。食料…?お菓子だよ?
「お前誰アルか?」
女の子は大きな目を更に見開いて私を覗き込んできた。私よりは多分年下だけど、真っ白な透き通るくらいに綺麗な白い肌で女の私から見ても文句のつけようがないくらい可愛い子だった。
「…旦那、言ってないんですかィ?チャイナ達に。」
「…総悟…。」
「銀ちゃん知り合いアルか?」
ぎんちゃん。
旦那の事をそう呼んだ。ぎんちゃんって言うのか…。
「ああ、まァ…あれだ。カンケーねーし。」
首を横に倒して耳を掻きながら女の子の首根っこを捕まえてひょいと引き下げる。関係ない……って言うのは何に対して…?
「あ、えっと名前って言います。真選組でご厄介になってて…。」
そう言うと女の子は、あんなとこにいるモンじゃないアル!今すぐウチに来るヨロシ!って大声で喚きだした。
「神楽うっせえ。ホラ、もう行くぞ?」
旦那は神楽と呼んだ女の子の肩を掴んで行こうとするが中々動かないらしい。え、なにこの子、力持ち?
って言うか、旦那は私に声を掛けるどころか一切目すら合わさない。まるで他人だ。いや他人なんだけど。もう会わないってって決めたのは私だし、旦那の態度は私にとっても好都合な筈なのに胸のどこかがモヤモヤする。あんなにしつこいくらいにいちごちゃんいちごちゃんってちょっかい掛けて来たくせに。女の人と一緒にいる時でさえ私に向かってこれ見よがしに笑ったくせに。