情愛モルヒネ1/7
非番組から一人残った土方は自室で煙草を燻らせながら外を眺めていた。夜とはいえ湿気が肌に纏わり付くようで蒸し暑い。こんな日は冷たいビールでも仰いだら旨いんだろうなと冷えた喉越しを想像する。
──さっき、名前が着ていた浴衣はアイツのモンだった。鶯色の、あれは武州でよく目にしていたものだ。未だにそんな昔の事を覚えているのかと自分に呆れた。覚えてるっつーか蘇ったっつーかあんなモン着る名前が全部悪ィんだが。部屋の灯りも付けず月明かりだけで過ごす。紫煙がゆらゆら揺れて影を落とした。……驚いた──。アレを目にしていた頃、俺は大人だと自負していた。当然あの浴衣を着ていたアイツも大人だと思っていた。それを今ああして名前が着ている。子供だと思っていたのに。いや、実際まだ子供なんだが……。
如何に当時の己が子供で、生意気だったのか思い知らされる。色んな感情がごちゃ混ぜになって溢れ出そうだった。そんな今の自分もまだまだって事だろ。ハッと失笑して仰向けに寝転んだ。歳を重ねる毎に自分の無力さを思い知らされる。目下今の悩みどろこは名前だ。男所帯に平気で居座る。チンピラなヤローとも懇意になっている。たかだか浴衣ひとつで俺の中を揺さぶる──。目を瞑れば鮮やかに蘇る武州の景色…。名前を呼ぶ声と、笑顔──。

「………。」

開け放した窓から生温い風が頬を撫でた。やはり早く帰した方が良さ気だ。心の平穏のためにも。

「トシ、ちょっといいか?」

近藤さんが顔を覗かせた。

「名前の事なんだがな──」



***



名前は偶然にも出会った銀時に連れられて人気のあまりない神社裏に連れ込まれた。涙が中々止まらなかったので良かった。腰ほどまでの高さの石垣の上に座っていると冷えた缶ビールを買ってきて渡される。未成年だって言ってるのに…。露店で買ってきたものなのか缶には水滴が滴っていた。

「で、今度はどした?つかオメー樟脳臭ェ。」
「……。」

3回目の指摘にゲンナリすると同時に浴衣と土方さんのこともまた思い出して少し収まっていた涙がまたポロポロ溢れ出す。

「え、なにちょっと!な、泣くこたねーだろ?ちょっと臭いかなーって箪笥の匂いすんなーって思っただけでオメー自身が臭ェ訳じゃないから!ね!名前ちゃん!」

ぐすぐす子供みたいに泣き出す私を自分のせいだと勘違いしたのか旦那が慌てふためき出した。この前もそうだった。酷い事平気でする癖に女の子に泣かれるの弱いのかな。思わずぷっと吹き出してしまった。

「ああ?なに?泣き笑い?顔ぐちゃぐちゃになってんぞ。」

ぶっきら棒に着流しの袖で顔を拭かれ、缶ビールを進める。未成年に飲ませて鬱憤晴らさせようとか大人のする事じゃない…。半ば意地になりながらさして好きでもないビールを流し込んだ。それから旦那は肩を寄せてきて「で?」って覗き込んできたので仕方なく全部聞いて貰った。しつこそうだし。旦那はただ黙って涙声で話す愚痴を聞いてくれる。聞き終わってから呆れたような顔をした。

「相変わらずアホだなーいちごちゃんは。」
「あ、アホってなんですか!」
「アホだろうが。んな昔の女思い出させる事自らしてどーすんだ。つか勝てると思ってんの、あのねーちゃんに。」
「…っ!勝つとか…そんなんじゃ…、」
「じゃー何だよわざわざンなモン着ちゃってよお。あと土方君もアホな。子供のしでかした事サラッと流せねーでどーすんだよ。なあ?」

子供と言われた事にカチンと来て私は押し黙った。旦那にとってもまだ私はただの子供なのか…。

「あ、ちげーよ?勘違いすんなよ?俺はオメーの事子供とか思ってねーから。子供相手にこんな事しねーから。」

そう言いながら浴衣の裾の間から忍ばせようとしてきた手を思い切りつねった。

「いって!痛えじゃねーか、なにすんだよ酷ェ。」
「酷いのはどっち!泣いてんのに…!私落ち込んでるのにそういう事しないで!」
「はあ?落ち込んでる時こそするモンだろーが。ぶっ飛んで気持ち良くなってる間はヤな事も忘れんだろ?なんも考えねー時間って短くても意外と大事なんだぜ?」
「何言って…、ちょっと…だん……、」

首筋に顔を埋められ身八つ口から手が忍び込んでくる。嘘、こんなとこで…っ!すぐそこには沢山の人達が行き交っていた。下手をしたら真選組の面々もいるかもしれないのに。そうこうしてるうちに旦那の手は器用に乳房まで辿り着いた。

「ブラしてねーの?危なくね?」
「…っ、だん…な…っ、人いる…、」
「ん?ああ、オメーが声出さなきゃ大丈夫だって。」
「や…、待っ……ムリ…っ、」
「ンなトコでゴメンな?こないだので金使っちまってなー。オラ、足広げろ。」
「や…っ、嫌…!」

力一杯押し返すと不服そうな顔をしながらもやっと旦那は止まってくれた。はぁはぁと荒い息を吐きながらその顔を睨みつけるがやる気のない目は相変わらずで少しだけ薄く笑っていて何を考えているかさっぱり分からない。何にも考えていないのかもしれない。泣いてる小娘をからかって遊んでやろうっていうだけかもしれない。
止まってくれたと言ってもまだ肩は抱きかかえられたまま彼の腕の中にいる事に変わりはなかった。顔もお互い触れそうなほど近くだ。旦那がそっと近づくと前髪同士が触れる。

「なんで?だめ?大人になりてェんじゃねーの?きっとこないだよりも気持ちいーぜ?」
「……っ、」

そう…、いう事じゃないのに……。目線だけ動かして赤い目を見つめた。人としての何かが欠落しているんだろうか。

「…旦那も大概狂ってますね。」
「ハハッ、かもな。」

そう言いながら唇を重ねてくる。旦那からは強いお酒の味がして私にまで回ってくるようだ。最初は戸惑っていたが酔いも手伝ってそのうちここが外だとか、側に人がいるとかどうでも良くなってきた。舐め回される舌にくらくらする。本当はどうでも良くないんだけど、むしゃくしゃしてたのは事実だし、土方さんは相手をしてくれなくて旦那は優しい。それが現実だった。緩い方に逃げたいって思うのは誰にだってあるよね…。毒が全身に回るみたいだった。





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bkm