「ねえ、…私のどこが好き?」
「は?」
危うくティーカップを取り落とす所だった。
「……………」
幸い取っ手に引っ掛ける前だった片手を殊更ゆっくり膝上に置いて、目の前で此方の様子を窺っている歩を凝視するセルゲイの双眸には明らかに訝しげな色が宿っている。こんな事を突然尋ねる様な女だっただろうか。寧ろ逆に冗談じゃないと顔を赤くして逃げ出しそうなものを、何故。
「今何か言ったか?」
「ちゃんと聞こえてたでしょうよ!!」
どうやら聞き間違いではなかったらしい。一瞬で巡らせた思考を纏めてそれでも態とらしく嘯いてみると、不機嫌な非難と肯定が返ってきた。ちらりと彼女の背後に見える扉を一瞥してからセルゲイは再びティーカップへと手を伸ばした。香りの良いそれに暫し酔った後、緩慢に口を開く。
「…まあ、そこらへん」
「そこらへん!?」
当然と言えば当然だが彼の回答は彼女のお気には召さなかったらしく、顔を真っ赤にしてぎゃあぎゃあと喚き始めた少女の、何時も通りの様でやはり何時もとは様子も雰囲気も異なる姿を見詰めてセルゲイは密かに嘆息した。
(何なんだ…?)
今すぐ寝室へと拉致して閉じ込めたいぐらいに全てだと言ったらきっと恐らく間違い無く怒るだろうに。それとも暗にそういう事を促す為の質問なのだろうかと、そこまでに思い至って思わず溜息が零れた。
(欲求不満か俺は)
都合良く物事を考えた自分を叱咤しつつ唇からカップを離す。取り敢えず先に理由を聞いておかなければならない。
「どうしたんだ、いきなり。お前さんがそんな事聞くなんて珍しいな」
直球で尋ねてやると歩はバツの悪そうな顔をして視線を泳がせた。少し後躊躇いがちに此方の様子を窺ってきたので視線だけで言葉を促すと唇を一舐めした後諦めた様に潤ったそれを開く。
「だって、さ。私普通だし」
「あ?」
「平々凡々って言うか何処にでも居る様な女の子なのにさ…あんたは何か、かっこいいし…何で、私なのかな、とか」
実に下らないと俯いて途切れ途切れに言葉を発する彼女を見下ろしながら、正直な所そう思った。彼女は本気で言っているのだろうか。
「他にもっと良い子…」
「バカだなお前」
「なっ」
カップをソーサーに戻して、空いた手を明らかに不快そうにしている歩へと伸ばす。少し身体を引いた彼女の警戒など気にも止めず捕まえた短い髪を指先で撫でて、少女が油断した隙を突いてグイと顔を引き寄せた。
「わ…っっ!!」
触れた柔らかな唇を、微かに出掛かった声ごと己のもので軽く食むと感じ易いらしい少女の身体がビクリと跳ねた。それに満足したセルゲイはさっさと歩から離れる。
「なっなっなななに…」
これ以上無い程顔を朱色に染め上げて自身の口を手の甲で押さえる歩を、面白そうに見詰めながら口端を歪めるセルゲイの表情は酷く、愉悦に満ちていた。けれど。
「何処が好きなのか聞きたいと申すのなら、彼方の寝室にて嫌という程教えて差し上げたく存じるのだが…如何かな?お嬢さん」
「………っ!?」
飽くまでも紳士然として微笑う嫌味な男の言葉は、いたいけな少女を絶句させるには十分だった。
何処が、などという質問程馬鹿馬鹿しいものは無い。歩という少女だからこそその全てを、自分は愛おしく思っているのだから。
「お前みたいな女が何処にでも居てたまるか」
とは彼の絶対的な持論だ。
もうこんな事訊かない。