冷たい頬に触れたその瞬間からまるで彼が自分の体温を奪っているのではないかと思う程に忽ち血の気が引いていく指先を微かに震わせて歩は嘆息した。窓を叩く雨音が苛立たしい。
ただでさえ低体温の彼の身体は此処二、三日の悪天候に因る温度低下の余波を諸に受けて益々冷えて行くばかりだった。未だ夜も明け切らない朝方、共に眠るベッドの中で突如掛け布団を被っているにも拘わらず身体を直撃した冷気は心底歩を驚かせた。それが隣に居る彼から発されているものだと気付いた時には思わず飛び起きて生死の確認をしてしまう程に。



「何て言うかもうある意味特殊能力よね」
「……」
「夏ならこの冷たさも有り難いんだけどねえ」
「……」
「喜んで抱き枕にするのに」
「ふざけるな」


歩が持つ熱を根刮ぎ奪わんとする様な色気も何も無いそれこそ人相手で無く抱き枕でも扱う風な抱擁を仕掛けながらヴェンツェルが低く唸る。今正にアンタが私を抱き枕にしてる癖にと抗議した歩の言葉を完全に無視して彼女を抱き締める力を強めた彼はけれどどうやら本格的に参っているらしく、普段ならば威圧感に戦いてしまう声音も拘束する腕も何処か弱々しい。恐らくは、彼女しか気付かぬ程度の違いではあるのだが。


「寒い」
「ちょっと、鼻水は垂らさないでよ」
「黙れ」


治まる気配を見せない雨音は未だ執拗に薄い窓を叩いている。きっと今日も一日中降り続けるのだろう。洗濯物が溜まる一方だと眉を顰める歩の思考を、不意に彼女の首筋に顔を埋めたヴェンツェルのその行動が遮った。僅かな隙間も無い程密着した身体は見事に体温を奪われて些か肌寒いけれどそれでも彼を突き放す気にならないのは、ぷるぷると小刻みに震えている常日頃ぞんざいで横柄極まり無いこの男のしがみつく腕が余りに必死だからだ。まるで、寄る辺無き彼の拠り所は自分だと言われている様で酷く、愛しい。弛む口許を隠す様に柔らかな銀髪に顔を埋めた歩がもごもごと呟く。


「かわいい」
「…なに?」
「いつもこれだけ大人しいと平和で良いのにね」
「貴様…後で覚えていろ」


ぎゅう、と憤りを表す様に拘束の手を強めた彼をそれ以上の力で抱き締め返しながら嬉しそうに微笑って少女はそっと目を閉じた。




五月雨に融ける
(ていうかさ、取り敢えず服着たら?)
(嫌だ)
(…アンタバカでしょ)
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