嫉妬




この感情は知っている。胸の奥底にどろりと沈んで触れた先から黒く広がって己の心までを蝕む様な、気持ち悪さ。
反射的に強く握り締めた掌を深呼吸と共にゆっくり解いてもう一度スティラルカの横顔を見詰めると、思わず逸らしてしまった先程の儘の、酷く穏やかな表情をしていた。


(私には、見せた事無いクセに)


入室するのに別段気を遣った訳では無いからもう既に、そして絶対に自分の存在に気付いている癖に此方をちらとも見やしない男を射殺さんばかりに睨み付けた歩はけれど、直ぐに彼の性格を思い出してそっと目を伏せた。意地の悪い彼の事だから恐らく黙って瞳で訴え掛けた所で何の反応も寄越さないだろう。それならばと、大股で一気に互いの距離を詰めて当然多少の痛みを感じる程度には力を込めて長く伸ばされた髪を引っ張ってやる。そうして漸く振り返る素振りを見せた男の真正面からの視線を避ける様に少女は素早く彼の隣に並んだ。


「いたた。歩さん、痛いです。そんなにスッチーに構って欲しいんですか?」
「んな訳無いでしょ。ムカつく顔してたから邪魔してやろうと思っただけよ」
「成程。それを人は構ってちゃんと言うんですよね」
「……何見てたの」


にこにこと食えない笑顔を浮かべながら的確にそれでいて不快な程遠回しに心の奥の裏側を言い当てて見せるスティラルカの言葉を聞き流して、何気無い態度を装った問い掛けと視線を窓の外へ投げた途端歩の眉間に訝しむ様な薄い皺が刻まれた。硝子の向こうには五月雨に煙る景色が辛うじて映し出されている。


「いえ、窓に映った歩さんを見てました」
「…はあ?」
「可愛い顔をしていたものでつい」
「……。それっていつから」
「部屋に入って来た時から」
「っ!!」


至極愉快そうに告げられた科白に戦慄を覚えて歩は思わず息を飲んだ。酷く嫌な予感がして恐る恐る視線を上げると、数歩後退した男の、窓越しに彼女を見詰めるその双眼には予想通り嬉しそうな色が滲んでいた。


END
(自分に妬くなんて、やっぱり可愛い人ですねえ)
(うるさい!)
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