***
1日の終わりには、自分の気が済むまで穴を堀る。
周りの音など気にならないくらい、夢中で堀る。
…けれど最近、何かが足りない気がする。穴を堀るのに集中したいのに、足りない何かが気になって、美しい穴を堀ることができない。
一体、何が足りないんだろう…

***
「ふぅうう…寒い…」

自室の前の縁側に座り込み、温めたばかりの甘酒が入った杯を両手で掴んで口元へ持って行く。けれど流石に熱すぎて、唇をちょんと付けただけで飲むことができなかった。
それでも杯の温もりは手のひらを伝ってくれるので、ほんの少し寒さが和らいだ気がする。ほう…と吐く息は真っ白く、冷たい風に流されて消えていった。

「まだかなぁ…」

ぽつりと呟いて、甘酒を再び口元へ。ようやくひと口含むことのできた熱い液体は、徐々に徐々に身体を暖めていく。
しかしそれ以上杯が進まない。何故なら…

「…タカ丸さん?」

この寒さの中、衣を重ねるわけでもなく普段通りの忍装束で現れたのは2つ歳の違う同級生で仕掛け罠の達人、綾部喜八郎だ。踏鋤を肩に担ぎ体は所々土で汚れてしまっている。
タカ丸は彼を待っていたのだ。

「や、やあ。綾部」

ぎこちなく笑って手を上げる。すると綾部はとことことタカ丸の元へ歩み寄ってストンと隣に腰掛けた。

「こんばんは、タカ丸さん。この寒いのにお月見ですか?」

そう尋ねて空を見上げるが、月見をするにしては半分以上も欠けていて物足りない。違いますね、と無表情で呟いた綾部はタカ丸を見やった。

「えっと、うん、違うよ〜」

ちょっと困ったような笑みを浮かべて否定するタカ丸を綾部はじいっと見つめる。そわそわと落ち着きがないのはどうしてだろう。
そんな綾部の視線に耐えられなくなったのか、タカ丸は持っていた甘酒をすっと綾部に突き出した。

「甘酒っ…飲まない?」

顔の赤いタカ丸と、差し出された甘酒を交互に見て、もう一度彼に視線を戻す。

「甘酒……タカ丸さんは、甘酒がお好きですか?」

「へ?」

きょと、とタカ丸は間の抜けた返事をして綾部を見た。

「あ、うん!好きだよ。美味しいし身体もポカポカにあったまるし!委員会のときはとても重宝するんだぁ。たまにしか飲めないけどね〜」

ふふ、と笑いながら答えるとほんの少し頬を緩めた綾部がそうですか。と言って甘酒を受け取った。
そして、ぐびっとひと口煽る。

「どう?暖まるでしょ〜。僕も……って、あれ?綾部?」

新しい杯に自分の分を注ごうとしたのだが、綾部の眉間にしわができていることに気づいたタカ丸は恐る恐る口を開いた。

「綾部…もしかして…甘酒嫌いだった…?」

「…いえ、不思議な味だなあと」

「あれ?甘酒飲んだことないの?」

タカ丸の問いに綾部はこくりと頷く。

「タカ丸さんが美味しいというのなら、美味しいのだろうと思いましたが……」

そう言って口を噤み、それ以上杯に口を付けなくなった綾部をみてタカ丸はしょんぼりとうなだれてしまった。

「…うぅ、ごめんね…まさか飲んだことがないなんて思わなくて。こんなことになるなら普通のお茶を用意しておけば良かった…」

「いえ、謝らないでください。それよりもタカ丸さん、もしかして私を待っていたのですか?」

タカ丸の最後の言葉に疑問を感じ、なんとなく聞いてみる。すると彼の表情がしまった、と青くなりその後みるみるうちに真っ赤になった。

「あぁ…ばれちゃった」

「どうして…」

「だってここ最近、綾部とゆっくりお喋りできてないなあって思ったら…寂しくなっちゃって」

言葉尻を下げたタカ丸を、綾部は黙って見上げていた。

「そんなときに、綾部がいつもこのくらいの時間になったら僕の部屋の前を通ることに気づいたんだよ。だから…待ちぶせしちゃったあ」

照れて頭をくしゃっと掻き微笑んで、タカ丸は綾部を見る。ばれてしまったのと、綾部が甘酒を飲んだことがないのは予想外だったが、タカ丸にとって全部彼と話すための口実だ。
まあいいや、と開き直ることにして綾部に話しかけた。

「ってなわけで綾部、お喋りしよう!」

にこっと笑って隣を見ると、綾部が何とも形容しがたい顔をしている。彼のこんな表情は見たことが無く、タカ丸は少し焦ってどうしたの、と尋ねてみた。

「……いえ。何でもありません」

「え、そう?でもなんか辛そうだよ?…あ!もしかして甘酒の後味残っちゃってるの!?うわあもう本当にごめんねっ、部屋からお水取ってく…ぅ?」

相当苦手な味だったのかと申し訳なくなり、急いで水を取りに行こうとしたら綾部に袖をく、と軽く引っ張られたため膝立ちのまま一時停止し振り返った。

「タカ丸さん違います、違うので、とりあえず座ってください」

「あ、うん…?よいしょっと」

何故か縁側で正座に直した綾部を見習い、タカ丸も居住まいを正し彼と向かい合った。

「タカ丸さん、今日も寒いですね」

「うん?うん、そうだねぇ」

「穴を堀っているときは寒さなんて感じないのですが、完成したターコちゃんの中は少し寒いんです。土が冷たいので…でも夏になると、涼しくて良いんですよ」

「へえ、そっかあ…ふふふ、良いこと聞いたなあ。じゃあ夏になったら、僕も綾部と一緒にタコ壺を堀って避暑しようかな」

「はい。でもタカ丸さんが堀らなくても、私がタカ丸さん用のターコちゃんを作ります。一緒に暑さを乗り越えましょう」

真冬の夜の静けさのなかに、2人の楽しそうな声が木霊する。寝ている生徒も、起きて鍛錬に勤しんでいる生徒もいるだろうが、弾む会話の邪魔をする者はおらず、しばし有意義な時が過ぎていった。

***
「ふあ…っくし!」

どれくらい経っただろうか。
会話の途中、タカ丸が控え目にくしゃみをひとつ。すんすんと鼻を啜ってごめんねぇと照れて笑う。

「…そろそろ、部屋へ戻りましょうか」
「えっ、う……」

もっと、一緒にいたいなぁ。

咄嗟にそう思って綾部の言葉にすぐ返事ができなかったけれど、これ以上引き止めてしまうのも迷惑だろうと逡巡し、うん…と小さく呟いた。

「タカ丸さん」

「なあに、綾部」

「自分でも、ついさっき気づいたんです」

「?、何に?」

首を傾げ、綾部の次の言葉を待った。先ほどよりも強く吹いた風が2人の間をすり抜ける。

「タカ丸さん、寒いですか?」

「んん?えっと、うん、寒いよー。でも綾部のほうが寒そ…」

ーーー

…唐突に言葉が途切れたのは、ゆっくりと近づいてきた綾部に唇を塞がれたから。

一瞬、タカ丸の思考と心臓が停止する。冷たいですね、と、年齢の割に大人びた綾部の声が耳に届いたおかげで止まっていたものが動きだす。それと同時にぶあっと顔が火照り始めた。

「少しは暖まりましたか?」

普段なら彼の表情は乏しいと言えるが、今日は色んな彼を見ることができた気がする。それにしても、この、作った罠にかかってくれて嬉しいというような、悪戯っぽい笑みでそんな事を聞いてくるなんて狡いではないか。
不意打ちに己の全てを持っていかれたような感覚に落とされたことが悔しくて、タカ丸はとんでもないことを口にしてしまう。

「こ…っ、これだけ!?」

…飛び出した言葉に、タカ丸が言わなければ良かったと後悔するのは、ほんの数秒後。

「タカ丸さん、今晩泊めてください」

返事を待つなんてことはしなかった。

見かけによらず力持ちな綾部にがばっと俵のように担がれたタカ丸が抵抗することなど、できるはずがないではないか。
***

気づいたんです。
だからどうか、私を貴方で満たしてください。

***おわり。

愛しい時間

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