たとえ離れていても、心は君と繋がっているからーーー

***

「早く部屋にもどらなきゃ…三郎を待たせてる」

自室へと続く廊下を、足音を立てずに颯爽と進む。思いの外委員会の仕事が長引いてしまった。

こんなに遅くまで待っているわけないだろうと思っても、彼はきっと自分を待っているにちがいない。

「僕が遅くなったら先に夕餉とお風呂、済ませていいっていつも言ってるんだけど…」

ひとりごちて、それでも待っていてくれる彼を思い浮かべる。部屋の戸を開けると笑顔で迎え入れて、「私が君と一緒に行きたかったんだ」って毎回言ってのける、仕様のない人。しかし雷蔵にとってそれは思わず頬が緩んでしまうくらい嬉しいことだ。三郎には、調子に乗せてしまうから絶対に言わないけれど。
今もほんの少しにやけているのを自覚すると、そろそろ自室に着くのもあり、こほん、と咳払いをして表情を引き締める。それから程なく到着して、念のため、深呼吸。余程三郎にバレたくないらしい。徹底的に自分のだらしない気持ちを押し込める。

「三郎、ただい…ま…」

いつものおかえり、が聞こえない。それどころか姿も見えない。
雷蔵の発した言葉はしんと静まり返った室内の壁にぶつかってかき消えた。戸に手を添えたまま、小さくため息をつく。

「…そういえば、今日から忍務でいないんだった…」

***

風呂を済ませ、夕餉も終えた雷蔵は寝支度を始めていた。

「それにしても僕、なんで忘れてたんだろ…」

自分の箪笥から布団を取り出しながらぽそっと呟く。今日、朝早くから出かける三郎をきちんと見送ったはずなのに。いつものように行ってらっしゃいと声をかけて、行ってきますの返事とともに不意をつかれて頬に口付けまでされたのに。

うーん…と少しだけ考えこむ。
いつも一緒が当たり前。隣にいるのも当たり前。それが雷蔵にとって普通のことになっていた。彼の中で三郎の存在はこんなにも大きい。

「あ…まずい。考えなければ良かったなぁ」

無意識に忘れていた寂しさ。ひとりなんだと、君はいないんだと自覚してしまったとたん、ぶわっと全身を巡る気持ち。
さっさと寝てしまえば気にならないだろうと布団に潜り込むがうまく寝付けなかった。ごろごろと無駄に寝返りを打ち、最後に深々とため息をついた。
「どうしよう…寂しくて眠れないなんて、ほんと恥ずかしい…」

自嘲気味に呟く。掛布を握りしめ、もう一度ため息。どうやったらぐっすり眠れるだろう。考えているうちに睡魔が襲ってくれないかと期待しても、一向に訪れてはくれなかった。
しばらく眉間にしわを寄せて悩む。そしてたどり着いた、あるひとつの考え。
「うーん…ちょっと…どうなんだって思うけど…」

躊躇いがちに起き上がって、それから衝立を越えて三郎の押し入れをすーっとゆっくり開く。

「今夜は三郎の布団で寝る。うん。そうしよう」

三郎、布団借りるよー。そう口にしても返事をする人はいないけれど、なんとなく声に出さないと恥ずかしくて。ほんのり頬を赤く染めていそいそと三郎の布団を持ち上げる。
畳に下ろして、掛布と枕を取り出して…
その途中、押し入れの中のあるものに目が止まった。それはきちんとたたまれた衣服。ひどく既視感を覚えたのは何故だろう。
手にとってそっと触れる。基本的に、三郎が持っている衣類は自分と同じもので、だからこれもきっと雷蔵の箪笥の中に入っているはずで…

「これ…今朝三郎が着て行ったものじゃ…」

はたと思い出し、確かめるために自分の衣装箪笥を開けてごそごそと探してみるが見つからない。と、いうことは。
「三郎…僕の服で行ったのか」

何のために…?疑問に思って首を傾げるけれど、雷蔵はその答えを知っている。立ち上がり、三郎の布団に入って目を閉じた。彼は変装の達人で、体臭というものが感じられないがそれでも、三郎の匂いがするような気がして先ほどの寂しさは和らいでいた。今は半分くらい、幸せな気持ちが雷蔵の心を占める。

「三郎ってば…可愛いことするなあ…」

ふふ、と笑って、雷蔵は静かに寝息を立てた。

***

ー今夜は月も隠れて、動きやすい。闇に溶け込むような真っ黒な衣に身を包み、敵地に忍び込む。彼にとっては差ほど難しくない忍務。物陰に潜み、息を殺す。

「雷蔵…」

ぎゅっと衣の袖を握る。側にいないのが寂しくて、彼に無断で拝借した衣服。
さっさと終わらせて、帰ろう。

愛しい、彼のもとへ。

***おわり。

そばにいない夜は、いつも以上に君を想うよ

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