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手渡された、いかにも怪し〜い飲み物。でも怪しむより、飲み干したあと何が起こるのかがすごく気になって……伏木蔵はぐびっと、一気に杯を空にした。
「ぷは。う〜ん…あまり美味しくないです…」
眉間に軽くしわを寄せて、目の前の大男…雑渡昆奈門を見上げる。 彼は楽しそうに微笑んでいた。
「それでこなもんさん、一体ぼくに何を飲ませたんですか?」
「さあ。なんだと思う?」
人の悪い笑みを浮かべて、伏木蔵の頭をポンと撫でる。
「こなもんさんズルいです。教えてくださ……あれ?何だか目線が近いような……え?」
面と向かって立っている二人。いつもならすぐ首が痛くなって抱き上げてもらっていたはずが、今はそれも必要ないくらい距離が近い。
「…こなもんさん、少し縮んじゃいました?」
こてんと首を傾げて問う伏木蔵を再び撫でてから雑渡はふふふ、と笑う。
「私が縮んだ訳ではないよ。君が大きくなったんだ」
へ、と間の抜けた声をあげて足下をみると、地面が遠くなっていた。
「わあ!ほんとだ!ぼく、背が伸びてます〜っ」
「うん、伊作くんと同じくらいかな。さっき飲んでもらった薬の効果だよ」
「すごいです!すごい!一体どこで手に入れたんですか?」
「ないしょ」
右手の人差し指を口に当てて薄く笑う雑渡。
「これも秘密ですか?ふふふ、すごくスリルー」
秘密が増えたにもかかわらず、伏木蔵は怒るどころか先ほどよりも上機嫌な様子でころころ笑った。それから今度はじぃっと雑渡の顔を覗き込む。
「どうかしたかい?」
「んーーーえい!」
可愛らしいかけ声とともにぐっと背伸びをしてちゅ、と接吻をする。しかしあとちょっとのところで唇まで届かず、あご辺りをかすめることしかできなかった。
「うぅー…届くと思ったのに」
残念そうに肩を落としてしょんぼりする伏木蔵を和やかに見つめて、雑渡は膝を曲げて目線を合わせてやった。
「本当に君には驚かされるね。これなら届くかい?」
クスクス笑って目を閉じる。目線が近くなっただけなのになぜか急に恥ずかしさを感じたが、勢いに任せてちょん、と小さな唇を覆面越しに与えた。
「…やっぱり少し物足りないかな」
「え?」
呟いて、雑渡は覆面をするりと下ろし、呆けていた伏木蔵を引き寄せる。
「…!んっ」
噛みつくように合わせられた唇。いつも戯れに触れるような接吻しか知らない伏木蔵にとって、こんなに深く口を吸われるのは初めてでパニックになる。
「…口をあけて…息は鼻から吸うんだよ」
「ふ…ぁい」
いい子、と口の端をつり上げて再び顔を近づける。
「んっ…ふぁ…うく」
しかしやはり難しいのか、伏木蔵は苦しそうに身を捩る。そんな彼を逃がすまいと雑渡は腕に軽く力を込めて完全に捕らえた。
「ふぅっ…ふ…う」
熱くて大きな舌が伏木蔵の狭い口腔を犯す。
「やっ、も…」
意識が朦朧として涙が止まらない。それでも与えられる雑渡の熱が愛しくて無意識に自ら舌を絡める。
「〜〜っ、ぷあッ!ぁ、はぁ…はっ」
やっと解放されたが、体に力が入らなくてくたりと雑渡に寄りかかる。そして必死に呼吸を繰り返し息を整え始めた。
「やりすぎてしまったかな…」
少々大人気なかったかもと今更な反省をしていつものように伏木蔵を抱き上げた。
「伏木蔵くん、大丈夫かい?」
よしよしと背中を撫でて息を整えさせる。少しだけ落ち着いたのか、雑渡の肩に乗せていた頭をゆっくり持ち上げ再び目線を合わせた。
「すまなかったね…」
囁いてから、目尻に溜まっていた雫をちろ、と舐めとる。
「こなもんさん、今の…すごくきもちよかったです…もっと、ください…」
真っ赤な顔に荒い息でそんなことを言われてしまっては流石に、雑渡の理性も崩壊寸前だ。ぐ、と止まってどうしようか悩んでいる隙に…すい、と伏木蔵が唇を寄せる。
その瞬間、ふつりと何かが切れて……そのまま…−−−−−
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「と、いう夢をみたんだ。伊作くん、人を成長させる薬とか作っ……」
「しんでください」
「………ひどぃ…」
「あ、すみません。消えてください」
謝っているが先ほどと余りニュアンスの変わらない言葉をすぱっと言った保健委員長は呆れたように雑渡を見る。
「……冗談だよ」
「当たり前です。まったく、何を考えているんですか貴方は!今日はそのまま帰ってください伏木蔵には会わせませんっ!」
一気にまくし立ててつんっとそっぽを向いた伊作にこれ以上何を言っても無駄だなあと思い、雑渡は腰を上げた。
「じゃあ今日は大人しく帰るよ。邪魔したね」
「…意外とあっさりですね…それにしても、毎日のようにここへ来ますが仕事はどうなってるんですか」
「うちの部下は優秀なんだ。では、また」
ふっと天井裏へ消えて行った雑渡を見送り、伊作は小さく溜め息をついた。
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「あ、こなもんさんだあ」
「やあ伏木蔵くん。奇遇だね」
実はまだ忍術学園の敷地内にいた雑渡はわざとらしい挨拶とともに伏木蔵の前に現れた。
「授業は終わったのかい?」
「はい、終わりました」
伏木蔵は雑渡に会えて嬉しいらしくにこにこ微笑んで返答する。正直、あんな夢をみたあとなので少々気まずいとは思うが雑渡は伏木蔵に会うととても癒されるのだ。
「帰る前に君の顔が見たくてね」
「え〜っ、もう帰ってしまうんですか?」
しょんぼり聞いてきた伏木蔵の頭を撫でて近いうちにまたくるよ、と言うと。
「約束ですよ!指切りしましょう!」
そう言って小さな小指をずぃっと雑渡の前に突き出した。それに頬を緩ませてから腰を下ろして小指を絡ませる。
「約束だ」
「はい!こなもんさん、嘘ついたらハリセンボン呑ませますからね!」
「…それは魚のほうかな?」
「え、ハリセンボンて魚の他にあるんですか?」
ありがちな可愛い間違えをあえて直さず、くすくす笑って小指を絡ませた手を上下に揺らした。
「…ゆっくり待つよ。君の成長を。おじさんは気が長いからね」
ぽそりと呟いた言葉の所々しか聞き取れなかったのか、伏木蔵は首を傾げて声をあげる。
「ぼくの気は短いです!なので早く会いに来てください!」
必死な眼差しを眩しそうに見つめ、雑渡は穏やかに微笑んだ。
****おわり。
花が咲いた、その時に