あぁ…追っ手だ。
すぐ後ろに気配を感じる。2…いや、3人か。
だけどそろそろ…
「ぐっ…」
「ぎゃあ゛ッ」
背後から悲鳴があがった。どうやら仕掛けトラップがうまく発動してくれたらしい。
「だーい成功」
いつもの呑気な調子で言ってみるが限界も近かった。ゼェゼェと息も上がっている。
残る敵はひとりだ。
ザッ、と森を抜けるとそこに道はなく崖になっていて、下を覗くと流れの激しい川があった。この高さから落ちたらひとたまりも無いだろう。
ち、と舌打ちをし振り返ると敵はすでに戦闘体勢に入って怒気も含ませた表情でこちらを見ていた。
ひとりならなんとか…
そう思って苦無を構え、ふぅーっと深く息を吐いてまだ力の無くしていない瞳で敵を睨み付ける。
私はまだ死ねないし…
早く学園へ戻ってお風呂に入りたい。
それから………
「死ねぇッ!」
真正面から突っ込んできた敵に手裏剣を打ち、怯ませた隙にこちらも踏み鋤で殴りかかる。だが相手は城に仕える忍だ。やはり一筋縄ではいかない。
接近戦では不利だと思い、一旦間合いをとる。
―――が。
フッ、と敵が視界から消えたかと思うと物凄い速さで一気に間合いを詰められてしまった。
「ぅっっっ!」
下からの攻撃をなんとか受け止めたが、思いの外力が強すぎた。そのまま後方へ吹き飛ばされる。
―落ちる…っ
上を見上げると崖の淵で敵が勝ち誇ったように目だけで笑っていた。それに少々カチンときてしまい、最後の力を振り絞って苦無を投げ付けるも、所詮無駄な足掻きだ。敵は難無くそれを避け、ふい、と振り返り立ち去った。
下から受ける風圧が凄まじい。
…ここまで…か。
きゅっと目を閉じると走馬灯のようなものが頭の中を駆け巡る。
途中引き離されてしまった立花先輩は無事に逃げ切れただろうか。
あの人のことだから心配はいらないと思うけど…。
そういえばまだ作りかけの落とし穴もあったな。未完成のままなんてかなり悔しい。
滝夜叉丸と三木ヱ門は心配しているだろうか。
それから…それから。
「…タカ丸さん」
―貴方に会いたいです。
落下中、そのまま彼は意識を手放した―――
****
誰かに呼ばれている気がする。でも全然知らない声だ。
「うぅーん…だれ…?」
僕の名前を呼ぶのは…?
深夜。
ベッドの上でもぞもぞと寝返りをうって仰向けになった瞬間。
ズシンっといきなり腹部に重さを感じ、うわぁっ!と驚いて跳び起きた。
「なっ…なに!??」
真っ暗で何も見えない。だが薄い月明かりに照らされて自分の上に人が乗っているのがわかる。
ま、ままさか、幽霊っ?
けど重いし、足あるし…と、とりあえず電気っ
パチ、と上体だけで伸びをして頭の上のスイッチを押す。
「えぇと…君、だれ…?」
明るい下で見ても誰だか分からない男の子。ふわりとした長い髪に綺麗な菫色の瞳。大人びた艶っぽさがあるけどたぶん自分よりも年下だろう。
しかも…
「それ…忍者…の、コスプレ?」
所謂忍び装束のようなものを着ていて全身ボロボロだ。は、と我にかえってもう一度彼を見る。
「大変だっ、君、傷だらけじゃないか!!手当てしないと…」
明かに怪しい子だけれど害はなさそうにみえた。そんな事より傷の手当てをしようと救急箱を取りに行こうとする。しかし、全然動く気配の無かった彼がいきなりぐっと着ていた寝巻きの裾を掴んできたので立ち上がることができなかった。
「…タカ丸さん」
小さな声で名を呼ばれる。先程寝ぼけていたときに聞いた声に似ていた。
「君は誰なの?どうして僕を知っているの?」
一気に疑問をぶつけてみる。しかし答えは返ってきそうにない。
「最後に…貴方に会いたいと強く思ったんです。夢かもしれないけど、それでもいい。まだ言えていない大事なことがあって…」
よく見ると、彼の体はだんだん透けてきていた。
やっぱり幽霊っ?と青ざめるが不思議と恐怖は感じない。何故だかわからないが懐かしいとさえ思ってしまう。じっ…と彼の顔を覗くと、それが近づいてきて唇に空気のようなものが触れた。それから何か囁かれたような気がするが聞き取ることができなかった。
もう目の前には誰もいない。煙りが散るようにふっ、と消えてしまったのだ。
放心していると、視界の隅で何かが過ぎる。ゆっくりそちらを向くと菫色の綺麗な蝶々がふわりと飛んで窓の外、まだ欠けた月へと羽ばたいていった。
****
「―っ、――べ!」
誰かに呼ばれてる。あ、誰かじゃないや。この声はちゃんと知ってる。
うっすら目を開けるとそこにはあの人が心配そうに私の名を呼んでいた。重たい腕を上げて彼の頬に触れる。そして彼も私の手を握ってくれた。
「…タカ丸さん、大好きです」
先程と同じ言葉をもう一度呟き、再び深く眠りについた。
どうしても、会いたかったんです。
****おわり。
既視感バリバリですね。いつか現パロ書いてみたいです。