「あ!いたいた…よいしょっと…」

「…勘?何の用だ」

ひとり物思いに耽っていた鉢屋のもとへひょっこり顔を出したのは同学年で同じ学級委員長委員会の尾浜勘右衛門だった。
「何で木の上になんているのさ。捜すこっちの身にもなれっての」

ぶちぶち文句を言いながら枝を伝って鉢屋の近くへにじり寄る。尾浜の体重も加わって太い木の枝がぎし、と揺れた。
「お前、また太ったんじゃないか」
「失礼な!誰がデブだ!」

そこまで言ってない、とため息をついた鉢屋は尾浜から視線を外し再びぼうっと空を見つめる。ひゅうるりと冷たい風が吹いて枝葉がサワサワと夜の静寂を破った。
「で、何の用だ?」
正面を向いたまま、もう一度先程の質問をされた尾浜はうーん、と少し考えてから口を開く。

「用事ってわけではないけど…庄ちゃんと彦ちゃんが今日の鉢屋先輩は変です!なんて言ってたから何があったのか探りにきた」

「…庄と彦四郎が?」
そう尋ねた鉢屋の頬が緩んだのを見て、尾浜は怪訝な顔をした。
「…なんでそんな嬉しそうなの?」
「可愛い後輩に心配されて嬉しくないわけないだろう」
平素だと、いつも冷静で真面目な二人の後輩からは呆れられるか冷たくあしらわれてしまうため、気にかけてもらえたことがとても嬉しい。
しかしその喜びも束の間。心配…?と眉間にしわを寄せた尾浜が二人に言われたことをそのまま復唱する。

「心配というか、今日の鉢屋先輩は静か過ぎて気持ち悪いですって言ってた」

けろりと真顔で気持ち悪いと言われて鉢屋はがっくりうなだれる。
「きも……そんなに静かだったか?」
「うん。あからさま。キモい」
「…お前に言われると腹立つな」
「なんでだよー」

はは、と笑って尾浜は鉢屋の顔を覗き込む。

「まぁ、鉢屋が沈む理由なんて簡単に想像つくけど」

その視線が何故か居心地悪くてふぃと目をそらすと尾浜はもう一度くすりと笑って、鉢屋から目を離した。

「どうせいつものことなんだから、気にするなよ。」
するとその言葉に対し、何を言っているかわからないという表情をされたため、尾浜は首を傾げる。

「あれ?雷蔵絡みじゃないの?」

ほら、怒らせたとか、冷たくされたとか……既に日常となっている風景を口にだし、尾浜は自分の考えが違っていたことに少々驚いた。
「お前な…その言い方だと私が毎日雷蔵を怒らせては凹んでるみたいじゃないか」
「…だっていつも理由はそれだから」

違うの?ともう一度真剣な顔で尋ねられて鉢屋は溜め息をついて違う、と短く答えた。
「えぇー?じゃあ何、何でそんなに暗いの。悪いけど全然わかんない」

ずぃっと尾浜に詰め寄られてこの追及から逃げられないと悟った鉢屋は顔を歪めて、負けたんだよと小さく呟く。

「負けたって…誰に?」
「…二日前、兵法の筆記試験があっただろう」

「うん、あったね」
「兵助に僅差で負けた」

自信はあったんだがなあ、と悔しそうに言う鉢屋を尾浜は不思議そうに見る。

「鉢屋、いつも試験の結果なんて気にしたことなかったじゃん。今回は本気出したってこと?何で?」
「優秀だった者には褒美として菓子の詰め合わせ。それを聞いて、今回は本気でやろうと思った」

そんな事をどこか投げやりに言う。尾浜はますます解らないと眉間にシワを寄せて尋ねた。
「そんなにお菓子食べたかったの…?」

すると鉢屋は顔を赤くしてちっがう!と声を上げる。

「委員会で!皆で食べようと思ったんだよ。褒美として貰えるなら茶菓代も浮くだろう?最近会計委員会のガードが固くて帳簿に細工もしづらくなったしな……って、お前には言いたくなかったのに」

くそ、と悪態を吐いて顔を背けようとしたらいきなりガシッと両肩を掴まれた。

「鉢屋…お前って良い奴だなぁ。おれ感動して泣きそう」
と、言いつつ笑いを噛み殺している尾浜をぎっと睨み自分の肩に置かれた手をうっとうしそうに振り払うとだから言いたくなかったんだ…と苦々しく呟いた。

「ふ…ぁはは、ごめん鉢屋。しっかし…あー…いや、何でもない…くく」
言ったら怒られるだろうと思いあえて言葉にせず、代わりにポンポンと鉢屋の頭を叩く。
「煩い触るな」

それも振り払われたが尾浜は気にしていないようだ。口元に手をあてて肩を震わせている。

「…おい、いい加減笑いすぎだろう」
痺れを切らした鉢屋に突っ込まれた尾浜はごめん、ともう一度謝ってから小さく咳ばらいをして顔をあげた。
「うん、ごめん。ふぅ。えっと、後輩想いの優しい鉢屋先輩におれからご褒美をあげるよ」
言い方が気に障ったが差し出されたものをみて文句を引っ込める。
「これは…?」

聞かれた尾浜は少し気まずそうに笑って口を開いた。

「あは。正攻法を使った鉢屋には申し訳ないんだけど、おれは試験で優秀な成績は無理だと思ってさ。だからやり方を変えてみたんだ」

兵助に、交換条件つきで頂いてきました。
まるで悪戯が見つかってしまったときの子供のような表情で言う。差し出されたものは美味そうな饅頭だった。
「饅頭の他にも落雁とか団子とかお煎餅もあったけど、それは明日4人で食べよう」
鉢屋は無言でそれを受け取り一口かじる。
「…お前にも負けた気分だ」

悔しそうに呟きながらもう一口。
「大丈夫だよ。鉢屋がどれだけ後輩想いか、おれがきちんと伝えておくからさ」

「…言ったら蹴るぞ」
楽しそうに笑う尾浜をじと、と睨み付けながら最後の一口を口に含む。饅頭の程よい甘さが口の中で広がり、さっきまでの心中のもやもやが薄れていく気がした。
「…饅頭寄越せ」
「はいはい」

いつの間にか3個も饅頭を平らげていた尾浜に手を差し出しねだる。
「この饅頭凄く美味しいね。ついでにお酒も持ってくればよかったなー」
「まったくだ。使えん奴め」

独り言のつもりでぽそりと呟いた言葉に鉢屋が反応してくれたことが嬉しくて笑みがこぼれる。
「少しは元気でたみたいだね。よかったよかった」
「ふん。もうどうでも良くなった。馬鹿らしい」
そう言って次々と饅頭を口に運んでいく。しばらく黙々と食べていた鉢屋が何か思い付いたように顔を上げた。
「明日は菓子を持って花見でもしようか」
「花見?でももう桜は散ってるんじゃ…」

首を傾げた尾浜に鉢屋はにやりといつもの不敵な笑みを向ける。
「ここへ来る途中偶然な。まだ散っていない桜を見付けたんだ。少し葉も混じっていた気はするが、見事だったぞ」
「え、マジっ?さっすが鉢屋!明日の委員会活動はこれで決まりだね!」
きっと喜ぶだろうなーと、ここにはいない後輩たちを思い浮かべて2人は顔を見合わせて笑う。
そよそよ静かな風が、薄桃色の花弁をふわりと運んでくるくる舞った。



↓おまけ↓

「ところで、兵助からの交換条件はなんだったんだ?」
「んー、近場の美味い豆腐屋さん巡りの付き添い。今分布図作ってるんだって。卒業したら全国巡るんだって言ってた」
「お…おぉ。流石兵助…歪みないな」
------おわり。

一体誰得なんだってくらい鉢屋が可愛くなってしまった…
銀虎 


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