「くるしい…」

「ちょっと三郎、大丈夫?」

苦しそうに咳込む鉢屋を気遣いながら、雷蔵は先程とある人物が作ってくれた"万能薬"をコトリと卓に置いて彼の傍らに腰を下ろした。
同室の異変に気付いたのはほんの数時間前のことである。
先に部屋に戻っていた雷蔵は明日の準備をしつつ、鉢屋の帰りを待っていた。
それから程なくして帰ってきた鉢屋だが、なんだか様子が変だ。
「…三郎?どうし……ぅわっ」
近づいて話しかけると、急にガバッと抱き着かれてその体重を支えきれずにそのまま床へ倒れ込む。
「こら三郎!出入口の側で何す……ん?熱い」
覆いかぶさってきた体を退けようと鉢屋に触れると、異様に熱いことに気付いた。そして右手のひらを彼のうなじにあてる。
「…珍しいな。三郎が風邪引くなんて」
雷蔵はよっこいしょ、と鉢屋を抱えたまま上体を起こして小さくため息をついた。
―そして今に至る、という訳なのだ。

「三郎、夕餉をもらってきたから食べて」
声をかけられてむくりと起き上がった鉢屋は雷蔵を見つめて食べさせてくれ、とお願いしてみた。
「やだ」
「即答っ?」
彼特有の悩むという癖を発揮するでもなくスパっと言い切られて、鉢屋は鼻の奥がツンとなる。それからしゅん、と頭垂れているとしょうがないなー、と小さく耳に届いたのでパッと顔を上げた。
「やってくれるのか?!」
「うん。はい、口開けて」

わぁい、と周りに花でも散らしそうな勢いでぱくりと雷蔵手ずからの粥を口に含む。………が。

「〜っ…あっつ」
「あれ?三郎猫舌だったっけ?」

「…イェ、雷蔵さん…出来立ての粥をそのまま口に入れられたら猫舌じゃなくてもこうなります…」

口を押さえて涙目になりながら訴える。

「あ、そっか。じゃあ…」

雷蔵は蓮華で粥を少量掬い、自分の口元に近づけてふぅふぅと数回息をかける。
「はい、これで大丈夫じゃないかな」

にっこり天使のような笑顔で粥を差し出された鉢屋は堪らず雷蔵の手をぎゅっと握ってこう言った。
「雷蔵!!キスしようっ」

「駄目」

先程と同じように袈裟掛けにバッサリ斬られてしまったが、何故っ、とめげずに食い下がる。
「だってそんなことしたら伝染ってしまうじゃないか」

だから駄目、ときっぱり拒否して蓮華をずぃっと鉢屋の口へ持って行った。
「ほら、さっさと食べて薬飲んで」
「うぅ。…はい…」

キスはしたいが雷蔵に風邪を伝染してしまうのは本意ではないと考え、おとなしく粥を食べる。

「――ご馳走さまでした」

結局最後まで雷蔵に食べさせてもらい、ご満悦な様子で両手を合わせた鉢屋は薬を飲もうと卓に置かれていた湯呑みに目を向けた。

「…?いつもの薬湯と違うな…」
それは普通の風邪薬とは違い、乳白色をした薬湯だった。

「あぁ、新しく調合したんだって」

新しく調合した薬……それを聞いて少々不安になった鉢屋は、恐る恐る湯呑みを手に取りまずは匂いを嗅いでみる。
「って、何してるの?」
「いや…何故だか怪しげに思えてな。薬には気をつけないと…」

ふむ、特に変な香りは混ざっていないが……そう言いつつ未だに口を付けずにいると、雷蔵が手を出してきた。
「味見、してあげようか?まあ、絶対何もないと思うけど」
少々呆れた口調の申し出にしかし、鉢屋は首を横に振る。
「雷蔵に毒味をさせるわけにはいかん」
「毒味って。これはちゃんと医務室からもらってきたんだから大丈夫だよ」
「いや…まぁ、わかってはいるんだが」

尚も飲むのを躊躇っていた鉢屋だが、ついに決心したのか湯呑みを口につけてくいっと煽る。
次の瞬間―――

「―ぐッッ?!が…っは!」
「え!?三郎!」
急に口を押さえて苦しそうに咽んだ鉢屋に驚いた雷蔵は鉢屋の背を摩りながら、まさか本当に薬に何か盛られていたのかと思い湯呑みに手を伸ばした。
「…っ、駄目だ!らいぞっ…飲むなっ」
「だけど!三郎っ…」
それを遮られた雷蔵は鉢屋の身を案じながらどうしたらいいのかわからなくなって酷く焦る。すると少し落ち着きを取り戻した鉢屋にこの薬を調合したのは誰かと尋ねられた。

「えぇーと、だから、伊作先輩が……あっ、そういえば一緒に作ったって」

…兵助と。

―――間。

「…あんの豆腐ーッッ!」
「え?え?だからどうしたんだよ三郎!」

まだ多少苦しいのかゴホゴホと咳込みながらも力いっぱい叫んだ鉢屋は傍らにあった茶をゴクっと一気に飲み干した。

「…っくそ不味い!」
「………はぃ?」

さっきまでの緊張感は何だったのか、鉢屋は口の中が気持ち悪いと言って自分で茶を注いで飲み続けていた。
「え、何、薬が美味しくなくて吐いたの?」
「ああ!兵助のやつ恐らく薬に豆乳を混ぜたんだ。あぁあ気持ち悪い!なんて事をしてくれたんだあの豆腐はっ」

未だ憤りが治まらず当人にとっては褒め言葉になりそうな悪態を吐く。
けれどその怒りは側で看病をしてくれている相手を見て急激に冷めていった。

「…ら、雷蔵?」
なんとなく場の空気が凍っているような気がして恐る恐る声をかけると、笑顔の雷蔵と目が合ってこちらも少々引き攣った笑顔でどうかしたかと尋ねてみる。
「いやあ、僕、てっきり何か危ないものを飲まされたのかと思って焦っちゃったよ。それが、何?まずかっただけ?」

雷蔵は笑顔のままだ。しかし、怖い。
「お…落ち着け雷蔵。確かに少しばかり大袈裟だったかもしれないが、本当に美味しくないんだ…です…飲めばわかると…」

既に雷蔵の目を見て話すこともできなくて語尾は段々小さくなる。すると雷蔵がまだ残っている豆乳入りの薬を指差して、飲まないの?と聞いてきた。
「い!?…いや、できれば普通の薬が飲みたいん…です…けど」
「ふうん?でもせっかく兵助と伊作先輩が作ってくれたんだから、ちゃんと飲まないと失礼だよね」

「う………」

非常にまずい状況だ。鉢屋は熱に浮かされた頭でぐるぐるとここをどうやって切り抜けようか必死で考える。けれど何も思い浮かばなくて最後の手段とばかりに涙目で雷蔵に訴えてみた。

「雷蔵頼む!見逃してくれ。こんなものを飲んでも治るどころか悪化すると思う…」
必死な鉢屋をみて雷蔵の追及が少々弱まる。首を傾げてそんなに不味いの…?と聞かれた鉢屋は全力で首を縦に振った。
「不味いっ!!何かの仕返しかと本気で思ってしまうくらい悪意の塊だ!」

「………そこまで…」

わかってくれたか、とホッと胸を撫で下ろした鉢屋だったが不意に雷蔵が湯呑みをくっと傾けて口に含んだものだから目を見開いて声を上げた。
「雷蔵!?確かに飲めばわかるとは言ったが本当に飲むなんっ……くッ?」
突然口を塞がれた鉢屋は驚いて雷蔵の肩をぎゅっと掴む。そのままうなじに雷蔵の熱い手がかかり首を後ろに反らされたかと思ったら先程のくそ不味い液体が流れ込んできた。
「ぅっ…む、うぅ!」

しかし不思議と不味いとは思わなくて、むしろ非常に甘かった。雷蔵は鉢屋の喉が上下したのを確認して最後にぺろりと口の端を伝った薬湯を舐めあげる。
「ぷはっ、はぁ…は…」
鉢屋は酸欠で余計に朦朧とする頭で雷蔵を見上げるとちょっと顔をしかめた彼と目が合った。
「はは。これ、本当に不味いね」
でも甘いや。笑いながらそう言った雷蔵を愛しく思いながら、絶対に熱が上がったに違いないと真っ赤になった顔を両手で隠して鉢屋は布団に潜り込んだ。
‐‐‐続く。


桃色感染☆

タイトル…笑ったげてくださいorz
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