無題
『〜〜〜♪〜♪〜〜―――』
一年に及んだ長い任務を終えて教団に帰還すると、いつもはぞろぞろ人間のいる廊下はひっそりと静まり返っていて、食堂の辺りから喧騒が聞こえた。祭りごとが好きなあの巻き毛の提案で、また祭りでもしているんだろうか。
「なー。ここひといないのか?」
「いや、居る…とりあえず、食堂行くぞ」
団服を引っ張るガキの手を引いて食堂を目指す。
このガキはこの一年の任務で見つかった適合者。宿を求めてたまたま寄った村の唯一の生き残りで、双剣の使い手。名をコニーと言う。
着いた先の食堂は予想通り祭りの真っ最中。
等間隔で置いてあるカボチャのランタンが廊下を照らしているのを見て思い出したが、今日はハロウィンだ。なんともバットタイミングで帰還したもんだ。
入口でつったっていれば、近くにいたファインダーが俺たちに気づいた。俺の顔をじーっと見てから、顔を真っ青にして食堂の奥に走っていった。
「げんすい、じふんのカオみてみなよ。ちょーこわい」
「あ゛?」
「オレがげんすいのソバたべたときみたいなカオしてるぜ」
「…チッ、祭りは嫌いなんだよ」
『神田くーん!おっひさーっ!』
「っ!?あいつ、コムイに言いやがったなっ…!」
『ほら、神田くんもグラス持って!隣の子も! 改めまして、神田くんの帰還にかんぱーいっ!!』
「「「かんぱーい!」」」
無理矢理押し付けられたグラスを持ったと同時の乾杯と、一層増した喧騒。酒の入ったここのやつらはめんどくさい。任務やコニーの報告は後にして部屋に戻ろうと踵を返した時、懐かしい声がした。
「かーんーらぁっ!おかえりなさーいっ!」
振り向くと同時に飛び掛かってきたのは、視界に入る白髪で誰だか聞かなくてもわかる。だが、俺の知ってるこいつは男なはずだ。抱き着いてるこいつは男の格好じゃなかった。
「っ、重いっ!つか、てめえその格好なんだっ。なんでドレスなんだっ!っ、っ酒臭いっ!!」
「んー?リナリとクラードげんすいがーむりやりーっく」
「ししょー!その人こわーっ」
「あ゛ぁ? …チッ、コニー水とタオル」
「っ、はいはいっ」
―――バシャッ
「んぶっ! んー…、いででででっ!いったいなっ!」
「ふんっ、目ぇ覚めたかバカモヤシ」
「へっ?…かんらっ……?」
「他に誰に見える」
「〜〜〜っ、かんらぁっ!!」
呂律は回ってないが冷や水で目が覚めたのか、モヤシが改めて飛び掛かってきた。抱き締めてやりたいのは山々だ。だがしかし俺もモヤシも近くにガキが控えてる。とりあえず視線が痛くて引き離しておいた。
「神田、おかえりなさい。それじゃ、アレンくんは借りるわね」
「リ、リナリ! かんらっ」
「ユウちゃんおかえりさーっ。ほら座って座って。そっちのチビちゃんズも」
「お、おぃ、モヤシ…」
「後からまた来るから心配すんなさぁ♪」
「今日はハロウィンだからアンケートとったんだよ。“一番男装女装させたい人は?”ってね。それで一番がアレンくんだったわけさ。てわけだから我慢してねっ神田くん♪」
離れた直後モヤシはリナリーに連れて行かれ、俺もラビやコムイに捕まった。追うことも出来ずに仕方なく任務の報告をした。
ラビの隣に座っているガキのことを聞けば、どうやら俺が元帥位に就き任務に発った後、モヤシも元帥となりすぐに弟子ができたようだ。そういえばさっき「ししょー」と呼んでいたな。
横で初めて食う教団の飯を腹一杯に食べたコニーが船をこぎ出した頃、やっとリナリーやクラウド元帥、エミリアやミランダまでもが手を貸していたらしい。モヤシらしき人間を背に隠すようにして戻ってきた。
「皆さんお待ちかね!アンケート結果で一番多かったコスプレはこちらでーす!!」
四人衆が左右に捌けると、そこには全身白でドレスアップされたモヤシが立っていた。
所詮、ウェディングドレスと言うやつだ。
一瞬静まり返り、間をおいてから耳が壊れるんじゃないかと思うほどの大絶叫が響き渡った。
「ふふんっ、私たちの手にかかればこれくらい朝飯前よ♪さっ、アレンくん、旦那さんのとこいってらっしゃいっ」
「だ、旦那さんてっ//!僕だって男ですっ!」
顔を真っ赤にして何やら言葉を交わしてからこっちに歩いてくるモヤシに、さっきモヤシの側に居たコニーより小さいガキが走りよった。それに続いて、ファインダーやラビまでもが皆手に何かを持って群がる。
モヤシが俺の隣に来たのはそれから30分もしてからだった。
「神田っ、た、助k 「アレンさん、これをっ」 …ありがとう。み、皆さんもういいですから、パーティーに戻って…?」
ムカつく。
俺がいるのにモヤシに寄るやつらも。
俺がいるのに他のやつに笑いかけるモヤシも。
でもそれは言わない。なんか女々しいやつみたいだ。
「やっっっと、落ち着きましたね。 …おかえりなさい、一年ぶりですね」
「…それは脱がないのか」
「あ、忘れてた…でもいいや。ここにいたい」
反則だ、こんなの。たった一年離れてただけなのに色気が別人になってる。
…ここが食堂で良かったっ。他の奴らがいなければ、確実に理性は消え去ってた。
「それでその子が弟子で?」
「…っ、そうだ」
「コニー…です」
「ふふ、よろしく。こっちの子は僕が面倒見てる、カランです。キミより一つくらい下かな」
「……こわい」
「カラン…。怖くないよ、この人は大丈夫だから。 …少し二人で遊んできたらどうです?」
さっき飯を食ってる間にガキ同士は仲良くなっていたらしく、言われてガキらしく手を繋いで走っていく二人を見送ると、モヤシは言った。
「カランの父親は、キミに似てました。背が高くて黒髪で。…でも僕が破壊したんです。 父親が恐ろしい姿になるのを見たからか、キミみたいに似た人を見ると怖がる。悪気はないんですよ…すいません」
「……仕方ねーだろ。馴れ合うつもりもねぇんだ。気にしてねーよ」
「…そんなこと言わずに、仲良くしてあげてください。 そういえば、コニーは僕をみてびっくりしてましたね…やっぱり気持ち悪いか」
自分の髪を触って泣きそうな顔をして言ったのが、またムカついた。綺麗な髪なのに自分で自分を貶めることが。
相変わらずひょろい体を抱き締める。
「お前はいい加減そのネガティブ思考を止めろ。 あいつがびっくりしてたのはお前が母親に似てたからだ。髪が白くて銀の目で色白。見せてもらった写真でも、あいつの母親はウェディングドレス姿だった」
「っ、僕は男です!」
「知ってる。男なのに俺が好きなことも」
「そ、れは神田だってっ」
「あぁ、男なのにお前が好きだ」
ボッと音がしそうなくらい真っ赤な顔にキスをした。久しぶりの感触だ。
「げんすい」「ししょー」
「「っ!?」」
飛び上がってはないが、飛び上がりそうなくらいびっくりした。
慌てて離れても時すでに遅し。
コニーがゆっくり口角を上げていく。どこでそんな悪い笑みを覚えたのか…。
「カラン。きょーはリナ姉かラビ兄のとこにとまるか」
「?? コニがいるならいいよっ!カラン、コニとねる♪」
コニーのやつはあとでシメルとして…隣で魂の抜け落ちたやつをどうするか。…とりあえず、剥き出しの肌がムカつくから部屋に戻るとするか。
俺は放心状態のモヤシを抱き上げてハロウィンパーティーでうるさい食堂を後にした。
end
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