愛しているから

 


“好き”

“大好き”

“愛してる”


一番伝えたくて一番伝えられない言葉。
伝えてはいけない言葉。

明日のために、未来のために。
今日もその言葉を胸にしまう。













「神田!level2があと500体、キミの後ろから来てます!」
「チッ。雑魚ばっか寄越しやがってっ」
「こっちの残りと引き付けた分はは僕がやるから、そっちの残りは頼みます!」
「…宿まで迷うんじゃねーぞっ!」
「当たり前!」



とんでもない僻地の奇怪現象にイノセンスが絡んでいそうだ、と派遣されたのは俺とモヤシとファインダー二人の計四人。

予想通り奇怪現象に関与していたイノセンスをなんの困難もなく発見し回収した。
しかし、その間AKUMAが現れなかったことから、なぜ派遣されたのが教団きっての武闘派の俺とモヤシなんだ、と考えたその時だった。イノセンス回収を待っていた、と言わんばかりに大量のAKUMAが出現した。
破壊しても破壊しても湧いてくるAKUMAに、現地到着二日目にイノセンスを見つけたにも関わらず、いまだ本部帰還は叶っていなかった。
結局、AKUMAの全機破壊を完了したのは―――――AKUMAが現れなくなったのは―――――滞在五日目の、真っ暗なその日の真夜中だった。

俺の持ち場となった森からモヤシの守備範囲の街中へと戻れば、無音に等しい静けさと、いくつかの小さな砂山と衣服が見えた。
こと戦争において全く血の流れない戦いなんてものはないに等しい。それでもあのモヤシは今回も、また守れなかった、とか言って泣くんだろう。そう思うと自然、宿へ向かう足取りは早くなった。





森と反対の海側の街外れ。そこにある小さな宿。中心街から外れていたおかげか、混乱はあるようだったが宿も客も無傷なようだった。
その宿の一室、ただ一つ真っ暗な部屋があった。中を窺えば人の気配はするから、珍しく迷わず宿に戻れたようだ。
その扉を開ければ、案の定こっちに背を向けて小さく肩を震わす人影が浮かび上がった。
同じ任務に就いていながら、その姿を見るのは三日ぶりだ。俺はモヤシと違って飯を食わなくても生きていける自信があったし、面倒だからと宿にはここ数日戻っていない。数日間の野宿ごとき、なんの苦でもない。



「……おい、」
「神田…。 ………っ、」
「…あ?」
「―――っ抱いて、くださいっ!もう、嫌だっ。 助けてって言いながら、目の前で何人も砂になったんです。世界を、未来を頼むって言いながら、二人は砂になった。もう、見たくないのにっ!」
「……」
「神田!早く、っ」



最後まで言葉を紡がないうちに乱暴に口を塞いでやる。
こいつの気持ちは、そんな心を持ち合わせない俺には聞いていられない。


キスで大人しくなったモヤシを横にあったシングルのベッドに倒す。
ギシッと二人分の重みでベッドがなく頃、モヤシはいつも泣き止んでいる。ただされるがまま。戦いの前の気丈に振る舞うモヤシも、少し前まで取り乱していたモヤシも、もうそこにはいない。
AKUMAのオイルや多少は流れた互いの血の匂いも関係ない。それからはシャワーも浴びず、ただ本能のままに体を求めるだけだった。















「ねぇ、神田…?」
「……ぁー?」
「あなたは僕を、……どうして、僕を…抱くんです?」
「………、…」
「……言って、くれないんですね。」
「………お前も、だろ…?」
「――あははっ。…うん。そう、ですね。さっきは取り乱してすいません、おやすみなさい。」



事後特有の何とも言えない気だるさと、戦闘の疲れで微睡んでいるとモヤシが聞いてきた。聞いてはきても互いに答えはわかっている。言ってはいけないということも。それでもモヤシは、自分からカラダを求めた夜には必ず聞いてくる。どうして自分を抱くのか、と。
やはり、そこにはさっきまで取り乱し、快楽に乱れていたモヤシはいない。ただの一人の女がいるだけだった。

おやすみと言ってこっちに背を向けて眠るモヤシを、なんとなく後ろから抱き込んだ。



――いつからだ
こんな関係になったのは。

――いつからだ
こんな感情を持ったのは。

――いつからだ
伝えたくて仕方なくなったのは。

――俺は、どうすればいい。どうしてやればいい。



何度自問したかわからないこの問いには、きっと一生答えられない。





初めてこいつを抱いたのはいつだったか。最近だった気もするし、ずっと前だったような気もするが、理由は戦闘で昂った気持ちを紛らわしたかったからだ。
近くに居ためんどくさくなさそうな女、それがたまたまこの日はモヤシだっただけ。いつもなら街の娼婦や絡んできた女を適当に相手にしたが、せっかく戻ってきたのに街に降りるのがめんどくさかった。



『なんです?…今度は僕ですか。いつもは街の“キレイな”女性を相手にしてるでしょうに。』
『うるせェ。言い寄ってくるやつは面倒くせぇんだよ。てめぇは俺が嫌いなんだからカノジョ面もしねぇだろ。』
『……ほんっと、サイテー。』
『知るかっ。黙って抱かれときゃいいんだよ。』



ただの性欲処理。
戦いのあとのあの昂りを消し去るため。あの高揚感をもて余していたモヤシに、その手段を教えたのも俺だ。
いつからか、俺が求めなければ、あいつから求めてくるのが当たり前になっていた。

その行為に互いに愛なんてものは一切なかった。


それが、いつの間にか愛して、最初にあいつを傷つけたのは自分なのに、傷ついたあいつを見たくないと思うようになった。俺以外を求めるモヤシなんか、いらないと思った。

でも俺たちはエクソシストだ。
誰かを愛することなどしてはいけない。


幸せにはなれないから。
幸せにはしてやれないから。
―――いずれ伯爵に付け入られるから。


だから互いに知らないフリをする。気づかない、気づいていないフリをする。



だから、もし、いつか違う世界で会えたとしたら、その時は今度こそ永遠を誓ってやる。


直接そう言ってやることはできないから、かわりに内心で信じもしない神とやらに誓う。そして今日もまた、隠しきれない気持ちを精一杯に隠して、腕のなかで涙を流すモヤシをもう一度抱き締めて眠りにつく。




いつかきっと―――


この愛を―――





END




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