喧嘩するほど…

 


ささいなことで喧嘩をした。

一緒にお風呂に入るか入らないか、で。

周りからすると、どうでもいいことかもしれないけれど、僕からしたらとても重要なこと。
だって神田と一緒にお風呂に入ったら入浴だけでは済まないから…。これは僕の経験上100%の事実。
神田と致してしまうと、疲労から翌日は活動できなくなるから非常に困る。


そんな言い合いがいつものじゃれあいのようなものから、いつの間にか本気の喧嘩になっていて…僕は「もう、知らない!」なんてよくある捨て台詞をはいて、家を飛び出して来てしまった。
“どこに”なんて考えないでとりあえず走っていたら、見たこともない知らないところまで来ていた。


神田に「一緒に住もう」と言われて先日この街に越してきて、まだこの街のどこに何があってあそこに何がある、と土地勘がない上に、方向音痴のせいで完全な迷子状態。
途方に暮れて近くにあったベンチに座り込んだ。

帰ったらちゃんと謝ろう…いや、でも謝ったらお風呂行き決定だし…などと考えながら、ふと目をつむれば初夏のちょうどいいそよ風に吹かれて、いつの間にか眠ってしまっていた。










どれくらいそうしていたのかわからないけど、肌寒さに目を覚ませば辺りは暗くて、長い間寝てしまったことに驚いた。

寒くて誰もいない静寂が怖くて、すぐにでも帰りたかったけれど、携帯も財布も持たずに出てきてしまったから自力では帰れない。
本気で泣きそうになって膝を抱えて丸まったとき、遠くから僕を呼ぶ声が聞こえた。



「……〜…シーっ…ヤシ〜っ!!」
「……神田ぁ?」
「モヤシかっ!?」



僕を見つけて怖い顔で、でもどこか焦ったように汗をだらだら流しながら走ってきてくれた。
「道もわかんねぇくせに走り回るな!」と怒鳴りながらも、半べそかいて抱きつく僕をきつく抱きしめてくれた。
「心配させんじゃねぇ」と思いっきりデコピンされたけれど、そんなの気にならないくらい、神田に見つけてもらえて安心した。



その後神田は、ひとしきり泣いて疲れた僕をおんぶして家まで連れ帰ってくれた。
気づいたら神田の家の、…自宅のベッドで神田に抱き締められるように寝ていて、外はもう薄明るかった。


早く仲直りしたくて、まだ寝ている神田を揺すって起こす。



「神田?起きてください」
「……」
「…神田ぁー」
「…………」



朝に弱い神田がそんなんで起きるはずもなくて、真っ直ぐで綺麗な黒髪を思い切り引っ張れば「いってぇ!!」と叫びながら飛び起きた。

そんな寝起きの神田に言う。



「昨日は、その、すいません…いつの間にか本気になっちゃって」
「…いやいい。 薄着で夕方過ぎても帰ってこない方が心配した。まさかと思って探せばあんなとこまで行きやがって…」
「っす、すいません。とりあえず、走ってました…」



もう一度謝れば「もう黙って寝てろ」とまた抱きすくめられて、やっぱり神田は優しいなと思いながら目をつむる。そのままお互いの温もりを感じながら、昼過ぎまで二度寝を決め込んだ。



蒸し暑いような寝苦しさに起きたら、神田に抱えられるように浴槽に浸かっていて喧嘩になった話はまた別の機会にでも…





END


 

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