novel | ナノ


近未来

 今日も俺は仕事を終え、家路につくことができた。
 入社して2ヶ月、自分でも自分が仕事を出来ないことは分かっている。先輩がきつく言うことも分かっている。だが、わかっていても出来ないことが多すぎて、自分に嫌気が差している。
 そんなことを自分にも隠しながら、惰性でスマホゲームをやっていると最寄り駅の名前を呼ぶ声が聞こえた。もう着いたのか。「仕事場まで1時間と少し」始めは長いと思っていたし同じ就職希望だった友達にも「長くない?」と言われた。だが意外にも、そんなことを思うのは始めの1週間くらいなもので、Twitterやらパズドラやら、SmartNewsやらでテキトウに時間を潰していれば、いつの間にか着いてしまうものだ。そういえば、高校もそうだった。
 先輩が勧めてくれた工業高校は、少しだけ遠かった。といっても電車でたった3駅先なだけなんだけれど。その高校に入ることを決めて、入試にも合格して。入学したての時は学ランを着るだけでも気持ちが引き締まって「やるぞ」と心の中で呟いていた。音楽を聴きながら登校することに少しだけ背徳感を感じた。友達の学ランにフケが付いていて、もしかして俺のにも?!と不安になった。授業中に眠くなったけど、みんなしっかり起きていたから眠れなかった。みんながやっていたゲームが出来なくて、ずっと憧れていた。先生がかっこよかった。男くさいという匂いを知った。初めて二人乗りをした。学校帰りにラーメン屋に入った。

 結局、最寄り駅では降りなかった。最寄り駅から3駅先まで、電車に乗っていた。
 乗り越し精算機にお金を入れて、見慣れた道を歩く。数か月前まで、友達とお菓子を買っていたスーパー、面白い看板を笑っていた、ホストクラブ、キャバクラ、居酒屋。それを全部通り越して、俺はラーメン屋に入った。ここのラーメン屋はたいしてうまくもないし、味に当たり外れがあるという、割と最低なラーメン屋だ。でも、学生ラーメンが300円だということで、結局俺と友達は月に1〜2回はここのラーメンを食べていた。
「はいいらっしゃい」
 店主はそう言い、少し黙った。
「スーツ、似合ってるね」
 俺は少しだけにやけてしまった。確かに3年間ここに通っていたけど、俺は店主とまともな会話をしたことがなかったからだ。
「あ、ありがとうございます」
 暗くなっていた俺の気持ちが、少しだけゆるんだ。
「注文いいですか?」
「はいどうぞ」
「学生ラ…あ〜いや、唐揚げ定食をひとつ」
「はいどうも」

 注文をすると、俺はポケットから真っ先にスマホを取り出した。Twitterを見てみる。

研修辛すぎ…


 これは俺の友達だ。彼とは小学校からの友達で、一緒に高校に入った。大きな会社の地元の支社に就職したのだが、今はここからずっと遠くのところで研修期間を過ごしている。
―あいつも結構大変なんだなあ。
 ぼんやりと思って、お気に入りボタンを押した。

新しい学校もなかなか楽しい( `ー´)ノ


 これは俺の幼馴染である。幼稚園からの友達で、高校から別々の道を歩み始めた。彼は専門学校に入学し、まだまだ学生生活をエンジョイしているようである。
―こんちくしょう。うらやましいな。
 男女比が8:2の会社に入った俺に、あまりにも突き刺さる写真が添付されていた。
―この野郎。くそっくそったれが。
 そう思い、お気に入りボタンを押してやった(もちろん友達に恨みはない)。
「へいお待ち。唐揚げ定食ね」
「あ、ありがとうございます」
 初めて注文した唐揚げ定食、850円。あの時は学生ラーメンしか頼んだことがなかった。近くで働いているらしき大人が頼んでいたセットメニューや定食を見て、少しうらやましく思っていた。
「あ、うまい」
 初めて食べるそのメニューが意外にもうまくて、学生時代もこれを頼めばよかったと思った。が、あ、そうだ。あの時はお金がなかったんだ。そんなことすら忘れていて、少し寂しくなった。
 ぶおん。
 ラーメン屋のドアが開き、風が店内に勢いよく流れていく音が鳴った。
 その方向を見てみると、学ランを着ている人がふたりいる。学ランと言うことはうちの学校かもしれない、と思い校章や科章もしっかりと見てみた。確実にうちの学校である。それに科章の色を見てみると、俺と入れ違いになった学年のようだった。
「ほんとさ、うちの学校ってやんなっちゃうよな」
 一人が言った。
「またお前はそれかよ。女がいないってやつだろ?」
「そうそう。男くさいっていう言葉の意味を初めて理解したわ。ほんとうちのクラスってマジで男臭くね?におい的な意味で」
「まあそれはわかるけどさ…そうそう。お前あのゲーム始めた?」
「え?あれだろ?俺まずそのハードを持ってねえし」
「PS3買えよ〜。みんなが言ってたから始めて見たけどさ、結構面白いんだよ。昨日俺さ、グループのみんなとさ…」
 語っている友達を少し困った顔で見ている友達。これは俺が高1の時に経験した出来事だった。俺は高1の時にこの場面で聞く耳を持たなかった。まずゲームハードを買ったとしても、家でそれをやるスペースがなかった。だがこの時、そうだとしても話の内容を理解しようとしていたら、彼等ともっといい関係になれただろうか。上司の言うことを、もっと理解したなら、仕事がうまくできるだろうか。

 唐揚げ定食を平らげると、俺は駅まで戻り、家に帰った。
 思い出に浸るつもりでやってきたのに、結局は会社のことを考えてしまった。だが、明日は頑張ろうと思えたことはきっと収穫である。この気持ちはあそこに行かなかったら得られなかったものだと思う。
 俺とよく似た境遇の後輩を思い出して、頑張れよ、と願った。

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