novel | ナノ


Audio

 僕はオーディオだ。真ん中にCDとかMDとかを入れられる心臓部分があって、両サイドにスピーカーがある、自分で言うのも難だけど割とお高めのやつ。
 そして僕のご主人様は、ミーハーな感じのお母さん(おばさん)と、娘さんの二人。と、夜中にしかいないお父さん。今のお母さんは三十代後半くらいだろうか。そして娘は僕を買ってくれた時に小六って言ってたから……高一か。そしてお父さんなんだけど、彼はほとんど僕を使ってはくれなかったし、ほとんど現れないため僕は彼をほとんど知らない。




 あの時は梅雨の季節かなあ。僕はまだ、電気屋さんでひっそりとダンボールの中から雨の音を聴いていた。
 おばさんがNHKの上半期の連続テレビ小説にはまっていて、それの主題歌や挿入歌なんかのアルバムを買いたいって時期と、娘さんが嵐にはまっていた時期が重なったらしく、僕はこの家へやってきた。家に着くまで雨の音は止まなかったけど、車の中でかかっていた音楽が明るくて素敵で、僕の中から不安が抜けた。(後から知ることになるが、これは嵐の曲だということを知る)
 でもやっぱり若造だからなのだろうか。僕を買ってくれたおばさんの歌わせてくれる音楽よりも、娘さんの歌わせてくれる音楽の方が、歌っていて気持ちよかった。
 だから、娘さんのお陰でやっぱりアイドルってすごいものなんだなって感じた。工場でプログラムに「アイドルの音楽=よくない」なんてのを刷り込まれていたが、そんなことはない。嵐はすごいのだ!嵐の音楽は人間にも、人間ではない僕にも勇気をくれる。何十人何百人の人間が「私は嵐を好きだ」と語っていたとして、きっと僕が人間だったなら対等に語れるに違いない。それくらい好きになったのだ。
 ひとごとに嵐といっても、色んな歌やラジオがある。「A・RA・SHI A・RA・SHI for dream」という曲だったり、あと、「走り出せ 走り出せ 明日を迎えに行こう」という曲、「百年先も愛を誓うよ 君は僕のすべてさ」という曲とか。ホント。色々なCDの色々な曲を歌った。
 そして、ラジオではまた、嵐のみんなキャラがCDとは変わって、それがまた面白い。僕は毎週その番組を楽しみにしていた。そして毎週、その日のその時間が来るたびにワクワクしながらしゃべるのだ。娘さんも僕の声を通して嵐の声を聴けて、幸せそうにしていた。嵐は勿論だが、一番僕を喜ばせたのは娘さんの笑顔だった。
 ちなみに悔しいことに、僕はテレビの横にいたからテレビでの嵐は見れなかったのだが…、でもその代り、声はしっかり聴いていたから。安心してほしい。
 今までの話の流れからも痛いほど伝わってくるだろうが、僕も実は、嵐のファンなのだ。
 …って、話がズレたな。僕は、買ってくれたおばさんは勿論、嵐を教えてくれた娘さんにも感謝している。

 だが、僕がこの家に来て十か月程経つと、娘さんは急にCDを聴かなくなった。ラジオはその時からじわじわと聴かなくなっていき、それから一か月もするともう、ラジオのことなどケロッと忘れていた。
 もともとラジオもCDも世代じゃないということもあるのだろう。何故聴かなくなったかというと、中学入学と同時にケータイ電話とやらを買ってもらったからだ。はじめはおばさんと二人で笑いながら使い方を教えてもらっていたけれど、すぐに使い方も慣れて、今でもずっとそれにべったりだ。禁止されているはずなのに中学に持っていったりして、おばさんに怒られてることもあった。もちろんそれに懲りる筈もなく、スクールバッグに毎朝ケータイを詰めていることも僕は知っていた。
 まあそれは置いておいて。ずっとしていたのだ。パカパカポチポチ。あの時僕は正直、ケータイに妬いていた。
 でも、その時はまだよかった。テレビで嵐は聴けていたし、それになにより。おばさんはまだ、僕に歌わせ、喋らせてくれていたからだ。
 この家に来てしばらくは一日中歌って喋っていたけれど、その時はもう「昼はラジオ、たまにCD。そして夜はテレビで嵐」というような生活スタイルになっていた。
 ラジオの内容はというと、ラジオではよくある「○○○を考えよう!」っていうネタ番組とか、大人の愚痴とかがメインの番組で。おばさんもよく投稿していたのだが、それが読まれた時とか、読まれた上にステッカーが貰えた時の喜びは、もう本当に。尋常じゃない程にうれしい。
 実際おばさんは面白い人だから、平日のお昼に毎日やっている番組で、週に一、二回は読まれていた。あの時も、買っていただいた一年目とまでとはいかないが、本当に素敵な日々だったなと、今になって思う。あの時もあの時で楽しんでいた。もちろん娘さんが離れていくのは悲しかったけど。
 だが、おばさんはきっと、心のどこかで「高かったから使わなきゃ」っていう意識があったんだと、その時からわかっていた。だって娘さんにも「なんで最近使わないの?」って言っていたし。それに僕が、まだ箱に入って電機屋さんで並んでいたころも「長く使うのよ?高いんだから」みたいな会話を交わしていたし。
 でもまあ、そのお陰で。僕はさっきも言った通り、素敵な日々を、生き甲斐を、もらっていたんだよね。

 そして、娘さんはもうとっくに僕を使ってはくれなくって、おばさんもだんだん僕を使わなくなって、お父さんは常にいないから、僕はひとりぼっちになった。
 僕の周りには、テレビを観るおばさん、家事をするおばさん、テレビを観る娘さん、ケータイをいじる娘さん。それだけになっていた。
 本当なら僕が歌うはずの音楽もテレビから流れ、本当なら僕が喋るはずのトークも、テレビから聴こえ、おばさんの視線も娘さんの視線も皆、テレビに向かっている。
 今の僕の妬きもちの相手はテレビだ。最近の地デジ化伴って買い換えたのもあって、それも僕が忘れられることに拍車をかけた。
 おばさんがCDを持って、僕の前を素通りしたこともあった。期待して、なんのCDだかを確認しようとしていると、そのCDはゴミ箱に捨てられた。そのCDは数年前まで娘さんの大好きだった、嵐の「走り出せ 走り出せ 明日を迎えに行こう」という曲の入ったアルバムだった。それから約半年後、娘さんは「そういえばあのアルバムってどこ行ったの?」と言っていたが、おばさんの「ああ、あれ?ずっと前に捨てたよ」という返答に「ふーん、そっか」とどうでもよさそうに答えていた。本当につらかった。
 そんな僕でも毎年、大掃除の時だけは振り向いてもらえる。僕の頭に積もった埃を濡れ雑巾で拭きとってくれるのだ。僕は電化製品だから、本当は濡らしたらいけないんだけど、そんなことより振り向いてくれる方が嬉しいからいい。それに、どうせもう…。
 その時に娘さんやおばさんは必ずいうのだ。
「来年はもっとオーディオ、使ってあげようね」
 はじめは期待した。「来年は使ってくれるんだ、よかった」って。でももうわかってるよ。どうせ使ってはくれないのだ。
 二人はテレビでも、選んで音楽番組は観ないらしい。それがやっていて、ほかの番組がつまらなければ「じゃあこれ観るか」と言って観る程度だ。
 僕は二人とも、音楽が好きなのだと思っていた。何しろ工場で「僕を買ってくれる人は音楽を愛してくれている人だ。音楽を最高のクオリティで歌うのが使命」とプログラムされている。プログラムすら僕に嘘をついているみたいだ。
 僕は世界に存在しなくていいオーディオになった。生き甲斐は嵐と大掃除。これがオーディオらしいだろうか。
 僕は歌いたい。僕は喋りたい。オーディオらしくいること。それがオーディオの本来の生き甲斐なのだ。
 だから―。

「一度だけでいい。腹いっぱいになるまで歌を歌わせて―」

『Yeah Yeah Yeah …』

「ねえママ、あのオーディオ、なんか勝手に鳴ってない?」
「ホントだ、止めてくるね」


『向かい風の中で 嘆いてるよりも
 うまくいくことを想像すれば いつの日か変わる時が来る』

「あ、あれ?まずコンセントが入ってないんだけど…。なんで鳴ってるの?」
「え?ホント?」タッタッタ…
「あ、ホントだ。でも画面、点いてるよね」


『夢中で生きてたら 何気ないことで
 愛が傷ついてためらいながら 何度も立ち上がるよ』

「ねえママ、これどうやって止めるのかな」
「うーん…」

『思い出の後先を考えたら 寂しすぎるね
 騒がしい未来が向こうで きっと待ってるから』

「ママ、ママったら!!」
「ん?」
「どうやったら止められるのかなって」
「ママ、やっぱりこの歌、好きかもしれない」
「え?」

『走り出せ 走り出せ 明日を迎えにゆこう
 君だけの音を聞かせてよ 全部感じてるよ
 止めないで 止めないで 今を動かす気持ち
 どんなに小さな蕾でも 1つだけのHappiness』

「ねえ、このままにしておかない?」
「やだよ。うるさいし」
「でも、あなた昔、この曲好きだったじゃない」
「昔の話だし」


『涙の気持ちさえ 言葉に出来ない
 幸せの虹は何色なんて 気にしなくていいから』

「ママは止めるのや〜めた。ノリノリだし。じゃあね」テクテク
「絶対止めてやる…」イジイジ

『答えを見つけようと 思い出また積み重ねてる
 ここから新しい場所へ 何も恐れないで』

(でも、嵐って懐かしいな)イジイジ

『遠くまで 遠くまで どこまでも続く道
 君だけの声を聞かせてよ ずっとそばにいるよ』

(電源入れてみよう)ポチッ

『止めないで 止めないで ずっと信じる気持ち
 今は名も無い蕾だけど 1つだけのHappiness』

(CD入ってないし…。あ、あれママが捨てたんだっけ…)

『走り出せ 走り出せ 明日を迎えにゆこう
 君だけの音を聞かせてよ 全部感じてるよ』

「ママー、このCD入ってないけどさ、やっぱこの曲よくない?」
「うん、いいよね。捨ててごめん…」

『止めないで 止めないで 今を動かす気持ち
 どんなに小さな蕾でも 1つだけのHappiness』

「買いにいこうよ、今から」

『Yeah Yeah Yeah …』

「うん、このオーディオ使わないともったいないもんね」

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -