short | ナノ
「バージルさん、またこんな遅くに特訓ですか」
「……貴様か。毎度、君も飽きないな」
「はい! 私、バージルさんの太刀筋を見ていつも勉強させてもらってるんです」

真夜中。
テント場から少し離れた丘に一本の枯れ果てた大きな木があった。ひとつの灯に照らされ、そこで彼は刀を振っていた。
なまえはバージルから少し離れたところに腰を下ろす。

「前から思っていたんですが、その刀……すごく綺麗です」
「閻魔刀という。父の形見だ。軍人ではなかったがな」
「なるほど。……わかります、とても大事になさっていること」

そう言うと、彼はかすかにやんわりとした微笑みをなまえに向けた。普段見せないそんな表情を見て、なまえは気持ちの高ぶりを感じた。その感情を紛らわすように持っていたコップのコーヒーを口の中へ流し入れた。
闇を切り裂くように、バージルは刃と舞う。タンクトップには汗が滲んでいた。
自分の刃には、どれくらいの血が染み込んでいるだろう。

「ここは……地獄です。こんなところに、美しい人がいる」

呟きのような言葉だ。もちろん、バージルには聞こえていない。
地獄で殺風景で心が壊れてしまいそうになる、こんなところに、華麗な人がいる。物珍しい銀の髪を持った、獣にも似た表情をするこの男。どこの隊よりも実力は上の上。隊の長に推薦されるほど、その力は誰からも認められていた。
なまえは続ける。

「貴方は強い。きっと、誰よりも、なによりも」

――だがその一方で、彼は『異端者』と呼ばれていた。
黒い髪、黒い瞳を持った隊員たちは、汚いものを見るような目で彼を見て虐げた。そして大人気のないいじめにまで手を染めた。髪の色や、瞳の色。そして、人間とは思えないほどの力を持った化け物。皆は彼を指差してそう言ったのだ。
しかし彼は、それを黙って見ているだけだった。反抗など少しもしなかった。頭から水をかけられたりナイフで髪を切られそうになっても、彼は抵抗しなかった。だが黒髪の隊員たちは、彼の凄まじい眼力には勝てなかった。
『自分たちを見上げるあの恐ろしい瞳は、まるで悪魔だ』
そう言って、彼の前からいなくなる。

「バージルさん、コーヒー入れてきたんです。冷えてて美味しいですよ」
「冷たいのは好かん」
「あ、そうでしたか。では温かいのを作ってきますね」

なまえは勢いよく立ち上がったが、バージルはすぐに刀を鞘に収めて隣に腰を下ろした。

「構わん」
「え? あ、はい、どうぞ」

静かに座って、伸ばされた手にコップを渡した。
しばらく沈黙が続いた。
その沈黙を先に破ったのはなまえだった。

「私の前だといろいろ喋ってくれますね、嬉しいです。日頃はあまり言葉を口にしないから」

照れ隠しで、持っているコップをいじったり回したりして弄んだ。

「貴様は、怖くはないのか。俺という人間が」

そんな彼の横顔は、どこか寂しそうだった。

「いいえ。そんなこと一度も思ったことありません」

はっきりと言った。本当だ。一目見たとき、彼のことは美しいとしか思えなかった。なぜか、美しいと思った。
バージルの横顔を見つめる。

「こんなに、綺麗なのに」

思わず伸ばした手が彼の髪に触れる。バージルは驚いたような表情でなまえに顔を向けた。

「あ、す、すみません」
「いや、いい。そう言われたのは初めてだ」

また、薄く微笑んだ。
そうやっていつでも笑っていればいいのに。

「笑ってくれるのも、嬉しいです」
「……そうか」

バージルは真っ暗な空を見上げた。時々、彼はこうやってなにか愛おしいものを見つめるように遠くに瞳を投げている。いったいなにを見ているのかわからないけれど。

「貴様はなぜ刀を振るう?」

視線は空を見上げたまま、彼は言った。
すぐに答えを出せそうな質問だと思って口を開きかけたが、どうしてか言葉が出なかった。その上それが合図かのように頭の中に言葉の羅列が浮かび上がってきた。なにか言わなければ、と自分を急かしてその中から答えを選ぶ。

「なんでかわからないんですけど、私の脳みそは『それが生きる意味だから』と言ってます」
「生きる意味、か」
「まあ、こんな世界に足を突っ込んだ時点で『生きてる』なんて言えないですけどね」
「今を、生きている。そうだろう? 貴様は今、俺の目の前にいる」
「……?」

彼は眉根を寄せてなまえを見つめた。
辺りの空気が変わる。

「俺の名を呼び、俺の後ろを歩き、俺を慕っている。……なぜ貴様は、そうなのだ」

混乱した。
体を震わせ、言葉と共に困惑の表情を浮かべ、答えを求めるような瞳で見つめてくるからだ。
こんな彼を見たのは初めてだった。
そして、咄嗟だった。
もうどうすればいいのかわからず、咄嗟に彼の体に腕を回していた。

「そ、そんなこと、バ、バージルさんがバージルさんだからに決まってるじゃないですか。それ以外のなんでもない。それに私、貴方を心から尊敬しています、大好きです!」

はっとした時には、すべてを言い放った後だった。――しまった、最後のは失言だ。

「あ、いや、大好きっていうのは、その……バージルさんはカッコイイなぁ! っていう、あれです、刀を振ってる姿がとても様になってるなぁ、っていう、それです!」

あわあわと弁解する中、だが両手はしっかりとバージルを捕えていた。

「おい」

すると、彼は笑いを我慢するかのような表情を顔に貼りつけてなまえの腕を取った。

「なまえは本当に軍人か?」
「へ? ……そ、そうですよ! なに言ってるんですか、私は軍人です」
「そして、ひとりの女でもある」
「え――」

ふいになにかが唇に触れて言葉が遮られた。
だけど、一瞬のことだった。
顔が遠ざかり、バージルはその場に立ち上がった。

「バ、バージルさ……い、今……」

顔が熱い。この震えは恐怖のせいか、感動のせいか、それとも。
刃が抜き放たれる音。バージルはなまえを見下ろした。
その顔は影になっていて、見えなかった。

「俺は貴様の為に刃を振ろう。俺が守ってやる。この世界から」

不思議だった。
そこには皆が恐怖する銀の悪魔がいるというのに、なまえの心には愛しさしか生まれてこなかった。ひとつの戦慄きも感じなかった。

「バージルさん、さっきのは……バージルさんなりの告白、ですか?」
「そう思いたいのなら勝手に思えばいい」
「そ、そんな。もやもやするじゃないですか! はっきりとおっしゃってください」

バージルはひとつ間をあけて、こめかみをかいた。



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