わたしのものはあなたのもの
屋根の上から見渡せる街並みとその向こうの水平線が白んできて、夜明けが近い。
遠くに薄く伸びる雲がほのかな紫に染まっている。
私はただ黙ってこちらを見つめてくる隊長を前に、固まることしかできなかった。
何か言わなきゃと思うのに、思考が半分停止していてろくな考えがうかばない。
別にいけないことなんて何もしてない。
けれどもし、もしさっきまでの場面を見られていたら、もし隊長が私に疑問を持っていたら、もし知られたくないところまで聞かれたら…
その隠したい不安が、私に罪悪感を持たせた。
「…あの、わたし、」
やっと口をついて出た言葉のはしが震えていた。
それに気づいてわたしの声は一層固くなる。
「あ、の…私は…」
「…朝稽古するか?」
ぎこちない空気をやんわり断ったのは隊長だった。
いつもとなんら変わらない口調で、聞きなれた台詞を発した。
「稽古…ここで?」
「あァ」
隊長が腕をブンと振ると、カランカランと乾いた音を立てて竹の棒がこちらへ転がってくる。
竹刀だ。
「これどこから…」
反射で腰をかがめてそれを拾いながら、私は訝しげな声を出す。
顔を上げると隊長は思いっきり真剣を鞘からスラリと引き抜いているところだった。
「えっ隊長ホンモノ?!
ここで真剣使っちゃうの?!うそだよーっ私竹刀なのに!」
「うるせーお前がいつまでたっても刀持ち歩く癖つけねぇのが悪ィ」
峰打ちで勘弁してやるから文句言うな。
間髪入れずに言い返され口をつぐむ。それは事実だから反論のしようがない。
いやしかし、一人前の男に対してこちらはか弱い少女なのだ。
十分なハンデがあるというのに、さらに分が悪い条件を平気で突きつけてくるのは流石だ。
「その下の廃材の中に捨てられてたやつだ。一本しかなかったものをお前に与えてやったんだから、感謝しろよな」
「しかもゴミ!!」
くわっと目を向いて握った竹刀を凝視する。
これ大丈夫かな、え、むしろこれ使えるの?
指でなぞってその強度を確かめていると。
「おらモタモタすんなィ、稽古はもう始まってるんだぜ」
ゆらっと隊長の影が私を覆った。
ハッとして竹刀の柄に手をかける。
back 1/5 → next