報告します



あのロマンチックなキスや優しい手つきは私の中のひみつだけれど、実家帰省はうまくいったと、一言報告したい人がいた。

夏祭り以来何かと心配してきてくれたけど、それには及ばないと、安心させてあげなきゃね!

「ふふふ、突然行ったら驚くかなぁ…」


机の中に眠っていた名刺を取り出して笑みをこぼす私は、身支度を済ませると颯爽と部屋を飛び出した。

ミツバさんとの二日間を終えてから、仕事がひと段落した一週間ほど後の話である。





この日は夜勤に備えて昼の休憩が長めにとられていたので、私は空いた時間に街に出ていた。

隊服をはためかせながら江戸の大通りを歩いていると、数10メートル先に目当ての色を見つけてぱっと笑顔になる。


昼下がりの風に揺れる銀髪。

走り出した私は、手を振りながらうきうきした声でその名を叫んだ。


「銀ちゃぁーーん!」


異変に気付いたのはそのすぐ後だった。
私の声に振り向いたのは銀髪の男だけではなかった。

周りにいた数人が一斉にこちらを向く。
神楽ちゃんに新八くん、そして見たような顔や知らない顔など、他にも何人かいる。

違和感を感じたのはその雰囲気だ。

何かを話し合っていたような彼らの感じ、そして銀ちゃんの目ーーー

「め、目が…」

彼らのところにたどり着いた私は息を切らしながらもわなわなと震える指をさす。


「目がっ、銀ちゃんの目が死んでないーーー!!!!」

後ずさった私は体から力が抜けて行くような気がした。
全身が感じ取っていたのだ、この男はーー私の知る坂田銀時とはまるで違う人だと。

「よぉサドのバカ猫、久しぶりアルナ」
「加恋さん、もしかして万事屋に何か御用でしたか?」

もしそうでしたら、残念ですけど今日は諦めてください。
新八くんが申し訳なさそうに頭を下げる。

事態が全く読み込めない。
とにかく、諦めてと言われてもおいそれと帰るわけにはいかなかった。

「なんでっ、銀ちゃんどうしたの?何があったの!

てか万事屋なんか突き刺さってない?なんか屋根に突き刺さってない!!?」

「貴女も…私の知り合いだったのですか?」

煙のぷすぷすいう音に気づいて、万事屋が半壊しているという事実を目の当たりにして目をかっぴらく私に銀ちゃんの顔をした人が声をかける。

そのきりっとした誠実で精悍な目つきに、私はじりっと靴を鳴らして半歩引き下がる。

「どうやら僕にはたくさんの交流脈があったようだ、こんな年端のいかない女の子まで駆けつけてくれるなんて…」

銀ちゃんはずかずかと私との距離を縮めてきて、これはもうどう見ても銀ちゃんとは別人だとぼんやり思う私の手を、突然握ってきた。

「ワッ」

「すみません、貴女のような可憐な女性の記憶まで無くしてしまうなど…しかし、今は思い出せませんが必ず貴女のことを思い出してみせます。
待ってていただけま…ブフォ!!!!」

横から桃色の着物の裾と、たくましい足技が見えたかと思うと銀ちゃんの体は遥か遠くの壁際へ吹っ飛んでいた。

「ちょっと銀さん、近すぎるんじゃありませんこと?」

「姉上ェ!だから乱暴は控えて…」

「うぅ…あれ…僕はダレ、君たちはダレだい?」
「ほらぁぁあ!!!」

私に強引に触れてきた手が離れたことで、反射的にバッと後ろへ跳躍して神楽ちゃんの背中に隠れる。

神楽ちゃんの怪訝な声が聞こえた。

「何してるアルかおまえ」
「あの人…銀ちゃんじゃない」

肩越しに顔を出して不審げな光を目に宿す私に、新八くんが
「うわ珍しい、警戒してる加恋さんだ
銀さんに警戒心むき出しの加恋さんだよ」
と好奇の目を向けた。

「銀ちゃんじゃないとかそういう話じゃないアル!記憶喪失なんだから前と違って当然ネ」

「キオクソーシツ?」

「そうなんです加恋さん、銀さん事故で頭を打った拍子に記憶をなくしてしまって…

姉上のとことか、色々寄ってたんですが頼みの綱だった万事屋自体もこの有様ですし」

「アッハハ、すまんきに」

サングラスをかけた怪しいパーマの男が豪快に笑いながら適当な謝罪をすると、新八及び一同から殺意のこもった視線が飛ぶ。

大方、万事屋を破壊した張本人といったところだろうか。

「おジョーちゃんもすまんのォ、金時に何か用があったがやろう?」

ぱんっと手を合わせて謝ってくるおじさんに、また神楽ちゃんの肩を借りて顔を隠しながら銀ちゃんを盗み見た。

「ううん…べつに、大した用はないです」

呟くように言うと、神楽ちゃんが顔を少し振り向けた気がした。

「加恋さん、と言いましたっけ?僕、記憶はないですがもし何か話があったなら…よかったら話していただけませんか?
記憶を戻すきっかけになるかもしれませんし」

ああ、それもそうですね!
新八くんが手を叩くと、みんなの視線が一斉にこちらに集まった気がした。

私が、話したかったこと。

みんなの期待のこもった目を感じながら、私はほとほと困ってしまった。

だって、私の話したかったことは、報告したかったことは……。


『かわい子ちゃんの、味方だぜ』



私が、相談したかった人は…。







「なんでも…ないですからっ!」

「あっ、おい待つアルバカ猫!」

踵を返して道を全速力で引き返し始めた私を、神楽ちゃんが鋭い声で静止する。

あの状況で的外れな報告をするほどには、感覚はズレていなかった。

タイミングの悪かった自分を後悔しつつ、場違いなことを話そうとしていた恥ずかしさから思い切り赤面して、わたしは屯所へとかけて行くのだった。


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