怖くないよ




伸びをする。
太陽の白い光を一身に受けた。


「今日も頑張らないとなあ」

紺の羽織りの裾を直すと、店先から声がかかる。


「おーい、こっちお願い!」
「あ、はいー」


暖簾をくぐると朝から数人の客がすでに談笑している。みんな早いな。仕事とかないんだろうか。

そんな様子を尻目にかちゃかちゃと食器の準備を始める。


「…でさあ、なんでも昨晩に実行したらしいぜ」

「まじかよ!真選組にたきつけたやつだろ!?脅しじゃなかったのかよ」


思わず耳がぴくりと動く。
あんなことがあった後だ、真選組というワードに自然と吸い寄せられてしまった。

こらこら俺、いいのか客の話に聞き耳たてて…


だけど一度気にしたものを無視するのはなかなか難しいもんだ。
テーブルを拭くふりをして耳を傾ける。


「で?どうなったよ」

「どうって、そらもちろん。真選組が片つけたに決まってんだろ」

そうか…
そりゃそうだよな。

真選組が折れたらそれこそ今日の江戸はこんな平和ではいられない。
思わずほっと息をつく。

脳裏にあどけない少女の姿が浮かんだ。あの子、も…真選組。


なんとも言えないもやもやした気持ちが募ってきて、俺は頭を振ると立ち上がる。
難しいことは嫌いだ。


「で、なんでもよ…」

急に声を潜めた様子にぐぐっと聴衆の輪が縮まる気配。

聞くな聞くなと、頭の中で鳴り響く。


「そのうちの大半を、20もいかない10いくつの餓鬼がやっちまったらしいぜ」。


くらりと目眩がした。

………その餓鬼というのが沖田隊長か、はたまた加恋ちゃんのことか…なんて、考えたくもなかった。


**********


十二の刻をまわり、人通りがいっそう多くなってきたころ。


「蓮くーん」


ふいに転がり込んだ声にはっと辺りを見回して……

入口の引き戸からにゅっと出た白い手が、ひらひらと振られているのに気づいく。
わずかにのぞく梅模様の赤い袖から、その向こうに立つのが誰なのかは容易に想像できた。


俺は団子の皿を持つと、がらっと僅かに戸を開け外に出る。

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