Please,リターン
「………げっ」
口に泡をつけ歯を磨いていたあたしはテレビの前で手を止めた。
やたら高いテンションで流れる朝の星座占い。
『今日最も悪い運勢なのは◯◯座の貴方!
以前の問題が再浮上!予想外の展開に嘆くばかりかも!』
かも!じゃねーんだよこっちは生活かかってンだぞぶっ殺されてーのか!
我知れず歯ブラシをがりがりと噛む。
歯磨き粉がすーすーと滲みた。
『ラッキーアイテムは四つ葉のクローバー!それでは貴方の幸運を祈って……いってらっしゃ〜い』なんて呑気に手をふるキャスターにクッションを投げつけた。
何あれ、ふざけてるよね。なに四つ葉のクローバーって、そんなもん見つかるほど幸運なら始めから苦労しないよね、矛盾だよね。あれなんかあたし間違ってるか?
洗面台にぺっと吐き出し口に水を含む。
顔を上げると……あー、なんかヒドイ顔!
疲れが滲み出ている。
無理矢理口角を上げてみたものの、寝不足のあたしの顔は上手く笑ってくれなかった。
土曜の通りは賑わっている。
活気溢れる道に欠伸を落しながら角の店を目指した。
「こんにちはー」
「ああ藍ちゃん、こんにちは」
小部屋に入ると先輩の安藤さんがロッカーのところで微笑んだ。
隣のロッカーを開けて手早く着替えを済ませる。
「藍ちゃんも大変ねぇお母さんは大丈夫?」
「あー先日体調悪化しちゃって…安静に入院することになりました」
着替えながらそんな会話を交わすと安静さんは気まずそうに手を止める。
「……お大事にね」
「ありがとうございます。
あたしもまだ教えていただきたいことが沢山ありますから…
よろしくお願いします」
エプロンをつけ軽く頭を下げると安藤さんはひらひら手をふった。
「とんでもない、藍ちゃんよく働くしもの覚えもいいって、他のスタッフも褒めてるわよ」
「本当ですか」
たったそれだけで、なんとなく胸のつかえが取れて軽くなる。
我ながら一応世間体を気にしていたのかな。
なんにしろ上手くやっていけそうだ。
「じゃあ今日も頑張りましょうか!」
「はいっ」
扉を開けて、日がさんさんと入り込む店内――
最下位だろうと不幸続きだろうと、今は働いて稼ぐしかない。
意を決して顔をあげ、今日もあたしは笑顔をふりまく。
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